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ブリス ~たどり着く世界~のLのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

最後のオーウェンウィルソンの頼りない表情が印象的。だからきっとこの映画のメッセージは、辛いこともある現実世界だけど大切な人こそが幸せだよね☆とかいうことではないんだと思う。
設定の雑さは、SFがメインではないんですよってアピールなんだと思う。
じゃあ何を感じるべきか考えてみると、たぶんタイトル通り、幸せとは何か、自分の幸せを選べているか、幸せは選べるものなのか、ってとこなんだろうと思う。
主人公が一時感じた幸せは、研究に誘導されたものだったわけだし、結局ハッピーエンドとされてる娘の存在は、ちゃんと覚えてるわけではないんだし。娘たちを見捨てた過去があるってことは、紛れもなく主人公は娘たちのそばに居て不幸だったってことだし、あの女性の研究前インタビューで不幸を主張してたってことは、あの世界でも確実に不幸だったってことだし。
そう考えると、汚い方の世界であの女性とはしゃぎ始めた時間が一番楽しそうだったけど、あの時間は明らかに不気味だったし、あれが幸せというわけでもなさそう。
なんなら主人公は、どっちの世界にいてもあの女性に若干引いてなかった?しかも、娘に対しても強い愛情を抱いてそうな場面は見えなかった。
最後に娘のいる方の世界を選んだけど、その決断の時ですら、娘に対する愛情に確信はなく、娘の言うことを信じてみようと思うっていうのが理由。誰の言うことを信じるか、って流れていくだけで、自分の幸せについて主体的に考えない人なんだよね主人公は。で、現代社会ってそういう人だらけだよね。人間なんて古今東西そういうものだったかもしれないけど、SNSが発達した昨今は特に否めないと思う。
なんか、苦悩もある現実が美しい〜みたいな、アバウトタイムかじったような台詞もいったん出てくるけど、そのあとのシーン見てるとそんなに開眼したようには見えなくて説得力感じないし、やっぱり主体的に幸せを見出せる人ではないんじゃないかと思った。でも、無邪気な着眼点をもってる一面もあったりするから、一概には言えない。つまり逆に、独特の着眼点をもってるからって、その人が主体的に幸せを見出せているとは限らないって話かもね。
でもまって、幸せなんて不確かなもの、一人でねちねち定義なんかしてないで、信じたいと思えるような人と一緒にいるために世の中に流されてみるだけで、生きるなんてそんなことで、そうやって生きながら感じたものを幸せだと受け止めるしかないのかもね。とも思えてきた。でも、そんな運命決めるような存在も、この映画の描かれ方を見る限り、100%不満のない存在なんてあり得ないのが現実なわけでしょ。だったらやっぱり私は徹底的に独断で選んだ幸せ噛み締めていきたいなぁ。。まだ若い?
はーい深読みしてみたけど、ただ表現がズレてて制作意図が私に微塵も伝わってなかっただけだったら笑う。

ちなみに、二人の関係性が理解不能って思われがちみたいだけど、なんか海外の教授同士の恋愛関係だと、違うからこそ惹かれ合うみたいなカラクリで人種もあえてちぐはぐなカップルの設定ってあるから無理ないし、オーウェンウィルソンの気の弱さならああいう気の強い女の人に流される関係性もあり得るかなとは思う。とはいえ上記の違和感はあるけど。
あと、ただのヤク中の妄想だったんじゃないか説については、それも大いにあり得るけど、この世界のボケ社員とあの世界の発明家兼教授が同一人物なのって一応成り立つ設定だなと思った。なんせ馬鹿と天才は紙一重だもんね。
社会不適合だとすぐ精神異常者扱いするのやめない?
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