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Arc アークのsomaddesignのレビュー・感想・評価

Arc アーク(2021年製作の映画)
5.0
たとえ幻想でも、その幻をみんなが信じてる
信じることでしか生きる術がない

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生まれたばかりの息子と別れ、放浪生活を送っていたリナは、やがて師となるエマと出会う。リナは大手化粧品会社で、最愛の人を亡くした人のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術する「ボディワークス」という仕事に就く。一方、エマの弟で天才科学者の天音は、姉と対立しながら、ボディワークスの技術を発展させた不老不死の研究を進めていた。30歳になったリナは天音とともに、不老不死の処置を受け、人類史上初の永遠の命を得た女性となった。やがて、不老不死が当たり前となった世界は、人類を二分化し、混乱と変化をもたらしていく。

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原作既読。
「紙の動物園」が短編集だと知らずに買ったら、偶然にも「アーク」も収録されてた。得した(してない)。

ケン・リュウも石川慶監督もファンなので、どうしても贔屓目になる。欠点も魅力に見えてるかもしれないので、評価するのが難しい。たぶん今作は映画化・演出・扱ってるテーマ含めて、賛否両論パッキリ別れるくらいで丁度いい。

不老不死を扱うSFだけど、死生観や進歩しすぎたテクノロジーへの警鐘、ディストピアSFとして描かれていないのが面白い。
現実の延長としてあり得そうな手触り。プラスティネーションの工房もSFチックなラボじゃなくて、美術品の修復作業をするアトリエみたい。現実と地続きのようで、外国人が切り取った日本の風景のようでもあるし、時代も国も架空の何処かの世界にも見える。
登場人物たちの無国籍風な名前も相待って、時代設定も場所も日本のようで、日本じゃないっぽくて面白い。


(図らずもコロナ禍での公開となって、ワクチン接種で揺れる世情とリンクしちゃった。「誰も手術しないと思ってたら、手術しなかったの自分だけ」「250年もローン組んでまで生きたかないよ」…)ドキュメント風の面談シーンは、素人や島の劇団員さんに設定だけ伝えてエチュード風に撮ったそう。虚実の境が分からなくなるシーンでとても好き。

輪廻転生のループから一部を切り出して、始まりと終わりのある円弧。原作にもあった印象的な「手」の描写。何かを授け、受け取るようなポーズが多いのも象徴的だった。人と人の繋がりの暗喩に加えて、映画の始まりと終わりの印のようでもある。俯瞰してみれば「貯めたモノは残らず、与えたモノが残る」話でもあるのか。


「愚行録」「蜜蜂と遠雷」に続いて三度撮影監督を務めたピオトル・ニエミイスキ。もはや石川監督の目と言っていい、独特なパキッとした質感とカラーリング。邦画離れしたドライな空気が特徴的。
序盤の硬質で青みがかった冷たい質感に、鮮烈な蛍光色の衣装が生える。今作は衣装の変化も面白かった。蛍光色のカジュアルな装いから研修生を経て黒い白衣。エマから受け継いだんだろうけど、鎧であり神聖な行為のための法衣でもあるのだなあ。

中盤以降のモノクロシーンはカッコいいし、幻想的で小林薫が激渋マシマシで良かったけど、地続きの未来感が薄まってしまった気もする。せっかく未来ガジェットを排したリアリティの中でドラマを積んできただけに自分には違和感のが勝っちゃった。

芳根京子の難役。30歳以降見た目が変わらないが、歩き姿が変わって見えた。歩幅を変えているのか、体重移動のタイミングを遅らせてるのか、年取る毎にゆったりとした動きになっていく。そらもう風吹ジュンも気づく。子供を捨てた女性の物語なので、嫌悪感で感情移入できない人も多そう。裏を返せば、出産・子育てで自身の夢をキャリアを諦めるのが当然とされてきた価値観の転倒を描いてもいる。ことの善悪はさておき、100年以上かけて自分が何者であるか模索する話に思えた(原作だと永遠の命を得た後、最初にするのがいろんな学校で勉強し直すことだったし)。惜しむらくはラストのアレ。それまでの抑制された内面が伺えない芝居が、幼さを過剰に演じて感じてしまった。長寿が常識になるとあの歳でも小学生みたいなモノなんだろか?


ロケ地となった香川県。
エタニーティ社の印象的な社屋のロケ地となったのは、香川県庁舎・東館。2000年までは本館として利用された丹下健三の設計によるもの。昭和モダンっちゅうのか、当時の最先端デザインが時代を経て温かみやノスタルジー感じる。近未来が舞台なのにノスタルジックな風景や建物に囲まれてるのも不思議&オモロイ。
庁舎内に展示されている洋画家・猪熊弦一郎の壁画「和敬静寂」の一部がそのまま映画でも使用されてて、エターニティ社のロゴにもなってた。「和」=和合を表現した壁画は、その後の展開の暗示のようでもあり、映画全体を俯瞰した象徴的なデザインに思えてくる。

原作からそのまま使われてる印象的なセリフが、いつまでも頭の中でリフレイン。
「わたしは彼の目を覗き込み、彼が言わんとしていることを知った。自分には選択肢がないと信じ込まないかぎり、けっして罠にはかからない」
「そのときがきたら私は死ぬ。やりたかったあらゆることを達成することはなく、見たかった新湯ところを見ることはなく、知るべきあらゆることを学ぶことはなく、だけどひとりの女性として十分すぎる経験をして死ぬのだ。わたしの人生は、はじまりと終わりのある、円弧(アーク)になるだろう。」
事あるごとに思い出しそう。


38本目
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