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『Hive(原題)』に投稿された感想・評価

[コソボ、ミツバチの傷を忘れない] 70点

アカデミー国際長編映画賞コソボ代表作品。白い医療テントに運び込まれた白い袋、主人公ファーリェは防護服に身を包んだ人々の目を盗んでその中身を確認する。それはボロボロの布切れと土まみれの人骨であり、彼女は係員にすぐさま追い出される。舞台となるのは2000年代後半のクルシャ、コソボ紛争期の1999年に240人以上のアルバニア系住民が虐殺された土地である。現在でもコソボ全土で1600人、クルシャでは64人の安否が分かっていない。当地のまるで内戦時代から時間が止まったような環境は、強い家父長制を残したまま時代から取り残され、夫が行方不明のまま7年間も一人で家庭を支えてきた妻たちの肩に重くのしかかる。ファーリェもその一人である。夫アギムは行方不明で、遺骨が何処にあるかも生死すら分からない。今は夫が遺した養蜂業を細々と続けながら、二人の子供と車椅子の義父を養っている。しかし、蜂蜜の産出量は年々減っていて、かつ市場に出しても全く売れない状況が続く。周囲の目を気にして、夫の帰りを信じて"家"を守ったまま、このまま緩やかに死んでいくしか道はないのか…?

村には"未亡人の会"のような、同じ境遇の女性たちを集めた団体が存在する。ファーリェはその理事補佐を務めている。年々支援が減っていく中で、"運転免許を取ったら車をあげるから街で仕事をしてみないか"というオファーが来る。及び腰な他の会員たちを尻目に、悩んだ末に免許を取って車をもったファーリェは、スーパーマーケットで自家製アイバル(バルカン諸国で食されるパプリカ唐辛子ペースト)を売る新事業を起ち上げることを思いつく。しかし同時に、それは女性が働くことを良しとしない環境の中で、周囲の侮蔑の目や物理的妨害に耐えながら働くことに他ならなかった。

本作品の興味深いのは、"夫の帰りを待ち望む"という想いと"遺された家族のために前に進まねばならない"という想いが両立できることを提示している点だ。その点で、チクチクとファーリェを刺してくるミツバチは彼女の心を傷付け続ける"過去"の存在として示唆的で、アイバル販売が軌道に乗っても養蜂業から離れられないのは、家族の中でもコミュニティの中でも先頭に立って前に進もうとする彼女こそが一番過去を引きずっているからなんだろう。もう一点挙げるとすると、"女のくせに…"に続く展開が運転と起業という二段構えになっていることだろうか。これによって、ある種後戻り出来ないほど先へ進んでしまったことへの良いミスリードに繋がり、上記の"夫への想いは忘れない"という点に帰着するので良い構成だと思う。とはいえ、一応実話が基になっているので、構成もなにもないのかもしれないが。

ただ、一つの映画にするに当たって、エピソード選びやサンプリングの上手さ、あくまでファーリェの内面を描く手法が災いして、八方美人なサラッとした作品になってしまっているのは否めない。ちょっと優等生すぎるかなと。
3.0
【コソボ、ミツバチの足掻き】
近年、コソボ映画が密かに盛り上がってきている。第94回アカデミー賞国際長編映画賞ショートリストにコソボ映画が選出された。『HIVE』である。コソボ紛争により夫が行方不明となっている状況で、企業を目指す女性の実話に基づいた話だ。ということで観てみました。

Fahrije(Yllka Gashi)はコソボ紛争により夫が行方不明となっている。7年の時が経っても、夫の帰りを待っており、集団墓地の掘り起こし作業に忍び込み、夫の骨を探そうとするのを止められている。夫の帰りを待っているので、再婚することもせず養蜂業をしながら家族を養っている。だが、そんな生活に未来は見えない。そんな中、運転免許を取ることで新しい仕事に挑戦できるチャンスに出会う。「義父はもう75歳だ、変わることができない。」と語る彼女は、自ら変わることで未来を切り拓こうとする。運転の練習をする場面、「そのまま真っ直ぐだ」と言う教官。そして彼女の顔から見える希望の表情がこの映画を象徴していて、敷かれた別のレールを辿ることで輝ける未来を掴もうとする姿が感じ取れる。

一方で、中年女性という理由で書類手続きが難航するヒリヒリとした描写が連ねられる。目の前に現れた希望の道もいばら道なのである。ハチに刺されるようなチクチクとした痛みを抱えながら前へ進む姿は、コソボだけでなく世界の普遍的な轍を描いており、アカデミー賞の国際長編映画賞ショートリストに選出されたのは納得である。

本作は圧倒的に岩波ホールの香りが漂う作品だが、岩波ホールが閉館する今、この手の作品が日本で観られる可能性がグッと下がってしまっているのは悲しいところである。
Omizu
5.0
【第94回アカデミー賞 国際長編映画賞ショートリスト選出】
実在の女性事業家を主人公にしたコソボの作品。サンダンス映画祭ワールドシネマ部門グランプリ、監督賞、観客賞の3冠を達成。ワルシャワ映画祭やダブリン映画祭など世界各国の映画祭を制した。アカデミー賞ではコソボ代表として出品され最終選考まで残った。

コソボ紛争により夫を亡くした女性たちが自立できるように、アイバルと呼ばれる唐辛子を使った調味料のブランド「KB Krusha」を立ち上げたファリェ・ホチ(Fahrije Hoti)氏は今もその事業を継続中。ヨーロッパ諸国に輸出し、アメリカ進出も検討しているそうだ。

まず主人公ファリェが蜂蜜をとっているシーンからはじまる。タイトルの『Hive』は巣箱という意味だ。これがラストシーンで繰り返される。しかし最初と最後で印象は全く違う。この巣箱はいなくなった夫の生業だった。彼女は巣箱を通して夫を見ている。

コソボの超男尊女卑社会がまず強烈。事業を立ち上げることはおろか、車を運転することすら女性にはタブーとされる。彼女は男たちに石を投げられ、女たちにも「イカれ女」となじられる。

それでも彼女は前に進もうとする。主人公を演じた俳優さんが魅力的だ。常に強く正しいのではなく、瞳の中に弱さがある。それが観客の共感を誘う。

他の方も仰っているが、この映画の素晴らしいのはファリェが前に進むだけでなく、行方不明の夫のことも決して蔑ろにしているわけではないと描写することだ。彼女は巣箱と向き合い、ビデオ映像で夫の姿を探し、クローゼットにある夫のジャケットを撫でる。

ファリェを共感もでき、そして尊敬もできる人物として描き出すことに成功している。女性たちの連帯を描きつつ、夫への想いも忘れない。

そして映像的カタルシスも忘れていない。コソボの村を捉えた日差しの美しさ、唐辛子の赤が印象的な色彩、幻想シーンの残酷さと印象深い。

コソボは昨年の東京国際映画祭グランプリ『ヴェラは海の夢を見る』といい傑作を連発しているイメージ。共同製作の北マケドニアも『ハニーランド 永遠の谷』『ペトルーニャに祝福を』と絶好調であり、両国が台頭する日は近いのではないか。