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ヘカテ デジタルリマスター版のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

ジュリアン・ロシェルは、北アフリカにあるフランス植民地の外交官としてやってきた。上司のヴォーダブルから秘書や生活必需品が宛がわれたものの、ロシェルは退屈に感じていた。 ある日、彼はクロチルドという美女とパーティで出会い、親しくなるのだが…。

青年外交官が人妻との恋に溺れていく様を、官能的なタッチで描くダニエル・シュミット監督作品。
ミニシアターブームの頃、自分が住んでいた地方都市で限定レイトショーで見て以来30数年ぶりに再鑑賞。
燃えるような恋もセックスも知らぬ時期に見たが、歳も経験も重ねた今、主人公の男の気持ちが良く分かる。
まさに「恋は盲目」の苦しさを描いたロマンスの秀作である。

宗教も文化も違う北アフリカのモロッコで出会った男と女。
異国でのアバンチュールのような出会いから、セックスフレンドのような割り切った自由な関係の付き合いに変わるのだが、気付けば男は女を支配したい欲求に駆られ、昼も夜も女を求めるようになっていく。

だが、本気になってしまった男に対して、女は全く執着する様子がない。
やがてしつこく付き纏う男に、女は会おうとはしなくなる。
嫉妬に駆られた男は、女を探し求めて街を彷徨う。

現実から離れた異国情緒溢れる地で、ひとりの女性に翻弄され、男にとっては一生忘れられない、魔性の女に身を焦がす恋が描かれる。

大したストーリーではないのだが、映像が美しい。
美術もファッションも素晴らしく、特に海辺や白い街並みを赤いバイクに跨り、男が女を探して彷徨う姿の配色は鮮烈に目に焼きつく。

映画評論家の蓮實重彦氏が絶賛したラブシーンも男の支配欲を表した名シーン。
迷宮のような夜の街で娼婦や少年が兵士に買われる姿が描かれ、欲情を掻き立てられた後、人目に触れるかもしれない月明かりの射すベランダで、交わす言葉も無いまま、衣服を脱ぐ暇ももどかしく、後ろから獣のようにそのまま情事に耽るなんて、ある意味、究極の男のワガママだ。

狂おしい情欲に身を焦がす男に頭を冷やせと進言したくもなるが、熱に浮かされた恋の最中に冷静になれる筈もない。
異国が舞台のため忘れそうになるが、男の上司が秘書を見下すシーンから分かるように女性差別が罷り通る時代の話。
男は女を占有したくてたまらないのだ。

やがて、男は自分から避けるように姿を消す女が、地元の少年と親しくなっていることを知り、嫉妬する。
男は嫉妬心からその少年を犯してしまう。
その姿は直接描かれていないが、私にはもう触れることも叶わぬ女の温もりや残り香を少年から感じ取ろうする「関節キス」のような哀れな行為に見える。

その結果、男は中国に左遷される。
女は後から行くと言うが、当然やっては来ない。
数年後、仕事に没頭して出世した男は、自ら望んでシベリアに赴任し、そこで女の夫と出会う。
彼もまた、彼女がやってくるのを待ち続けていた。
結婚という制度ですら、女を独占することなどできぬと男は悟る。

10年後の1942年、男はスイスのパーティーで女と再会する。
皺と白髪の増えた男に対して、女は昔のままの姿。
現実離れした、まさに夢幻の存在感。
ラストのセリフが秀逸である。
「何を考えてる?」との男の質問に「何も」と答える女。
最初から女には男など眼中にはなかったのである。
男との未来など、女は最初から何も考えてはいないのだ。
例え身体を重ねても、心など別なところにある女性のアンビバレントさがここにある。
男優と女優のルックスに好みはあるだろうが、この映画に描かれたのは、相手の気持ちなど考えない盲目的な男の片想い。
狂おしいまでの男の独占欲である。

ある意味、究極の男と女の「すれ違い」。
大人向けの映画である。
女性は男性の幼稚さに呆れ、男性は身悶えるほどの共感を感じるだろう。
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