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ヘカテ デジタルリマスター版のあのレビュー・感想・評価

4.6
7歳で乗馬を覚え、社交界を悠々と渡り歩く外交官の男が、「夜空を眺めるただの女」に落ちていくところが、かなり皮肉が効いてて面白かったです。そういう訳で、ヘカテなクロチルドは、天性の魔性というよりも、条件付きの魔性を持った女に見えました。

殺人は本国より多いが、外国人部隊が犠牲になってくれるから、身の安全は保証されている。これこそがまさにロシェルの人生の縮図だったんだろうなと思いました。身の回りのものは全てコーディネートされていて、ただ息を吸って吐いてれば出世していく。だから、政治難民を「来ない列車を待つ落伍者」と言えてしまう。世の中もそこに生きる人々もジオラマにしか見えない人間なのでしょう。

そんな訳で、勝手に見下げた文化が自分に干渉してきて、まるで意のままに動いてきた世界が壊れたように思った時、孤独を感じてしまう。そして孤独を埋めるために、都合のいい女に手を出したものの、その女にも自分の知らない顔がある。こうして落ちていく様が不様で逆に憎めない感じがしました。ロシェルはどことなく岸田さんの長男を思わせますね。岸田さんもそうかもしれないですが。

しかし、シュミットの作品は本当に音楽が良くて癒されますね。しかも、「異国の文化」がロシェルのノイズとなる時に、洋楽にアラブの音楽が割り込んでくる音楽の演出が面白かったです。

また、レナート・ベルタのヌルヌル動くエッチなカメラワークは、この前見た「天使の影」より強烈で、そこに、異国の蒼い夜空をバックにクロチルドが振り返るところや、壁に映った二人の影がキスをしながら窓枠に入っていくところをはじめとした、溶けるように妖艶な演出が合わさって、なんとも味わい深い作品になっていました。

クロチルドも、意外と何も考えず直感に流されるように動いているだけにもかかわらず、ファム・ファタールとして十分魅力的でしたが、そのクロチルドを「夜空を眺めるただの女」と吐き捨ててしまうあの上司のおっさんの、どこか諦念を持って全てを受け流す余裕には惚れました。
あ