かなり悪いオヤジ

ブラックボックス:音声分析捜査のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

3.6
この映画の主人公マチュー(ピエール・ニネ)を見ていると、会社にいるZ世代の新入社員とイメージがかぶってしょうがない。こと仕事に関しては人一倍熱心で一生懸命、我々雇用延長世代が新人だった頃よりも、むしろ専門的知識では上回っているのかもしれない。しかし社内の上司や同僚または後輩たちとコミュをとるのが大の苦手だからだろうか、評価の方は今一つだ。バブルの頃によく見かけたギラギラ系は皆無で、出世にもほとんど興味がないどちらかというとアスペルガー系だ。

航空事故調査局の音声分析官という地味な仕事についているマチューには、新型航空機の認証機関につとめるエリート美人妻ノエミ(ルー・ドゥ・ラージュ)がいる。近視ゆえパイロットになる夢敗れたマチューに何故こんなブロンド美女がなどと思ったりもしたのだが、観客にもわからないところで結ばれた2人の深い絆が、ラストのどんでん返しで明らかにされるサスペンスなのである。いわゆる航空関連企業による隠蔽工作をマチューが暴いていく池井戸潤的ストーリーなのだが、見所はそこではない(気がする)。

耳のよさには絶対の自信をもっていたマチューだが、唯一信頼を寄せる上司ポロックからも見放され、正義感から導きだした真実も当局によって握りつぶされてしまう。無二の親友だと思っていた奴も実は真っ黒で、愛する妻からも三行半を突きつけられる。ならばと墜落事故に興味を持っていたマスコミにすがろうとしたマチューだが、過去の誤診断を持ち出され「あなたは信用できない」と社会から不適格者の烙印を押されてしまうのである。とうとう自分自身を疑いだしたマチューに再び光はあたるのだろうか。どうするマチュー?

ここで救いの手を差しのべたのが、事件後不可解な失踪を遂げていた○○○○なのである。「マチュー君のことははじめから信頼していた。君をこの件からはずしたのは、事件に巻き込みたくなかったからだ」と告げられるのだ。パイロットだった死んだ父親からも、会社からも、親友や愛妻からも見はなれ、糸がきれた凧のように迷走を続けていたマチューに一筋の光明がさしこむのである。一人ぼっちだと思っていたマチューの真の理解者は実は身近にいて、マチューのことをちゃんと見守っていたのだ。

いくら努力したって報われるのはほんの一握り。しかも、自分も真っ黒にならなければその仲間にも入れてもらえない。そんな心のジレンマをしてマチューを墜落事故の音声分析へとのめり込ませたのではないだろうか。上司や仲間に自分の仕事振りをちゃんと認めてもらうこと、それがマチューにとっての、いなミレニアル世代やZ世代の、唯一社会とコミュをはかる手段なのではないだろうか。一度は仲違いしたノエミにも、マチューのそんな真摯な気持ちがラストにちゃんと伝わったに違いない。