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先生、私の隣に座っていただけませんか?のsomaddesignのレビュー・感想・評価

5.0
愛に傷ついたあの日からずっと
昼と夜が逆の暮らしを続けて
はやりのディスコで踊り明かすうち
おぼえた魔術なのよ

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漫画家・佐和子の新作漫画「先生、私の隣に座っていただけませんか?」。そこには、自分たちとよく似た夫婦の姿が描かれ、さらに佐和子の夫・俊夫と編集者・千佳の不倫現場が描かれていた。やがて物語は、佐和子と自動車教習所の先生との淡い恋へと急展開。この漫画は完全な創作なのか、虚実を交えた妄想なのか。それとも夫に対する佐和子からの復讐か。
堀江貴大監督による「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2018」の準グランプリ受賞作品の映画化。

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見逃し案件かと思ったけど、たまたま時間が合ったので見にいった。
これは!! 和製「ゴーン・ガール」では!😳 望外の傑作では!?
もっとマイルドで小規模なスケールだけど、妻が生んだ虚実に振り回される愛すべきダメ夫の構図がそうだし、ラストの支配関係やカタルシスは完全に似てる。

三人の「先生」についての物語。
てっきり漫画家の佐和子か夫・俊夫を指したタイトルなのかと思いきや。
誰が誰に向かって言ってるか、見方を変えればいくらでもどうとでも。観客に判断を委ねてるタイトルだった。

思ってることを言葉にするのが苦手な佐和子。あんまり感情を表に出さないし、心のうちを口にするのも嫌ってみえる。揉めごと・争いごとを避けて、ニコニコ笑って、まあまあと受け流す人っぽい。どこのクラスにも職場にも一人はいるキャラで、割と損しがちな人の復讐劇にも思えるし、そういった人たちの腹の底でうごめくドロドロを見せつけられてる気分。
佐和子はそのドロドロを漫画を描くことで箱庭療法のように心が整理されるのかもしれない。さておき、漫画家としてはどうかと思うレベルで我を出さない。紙の上でしか自分を表現できない人なんだろうけど、主張が無さすぎて色々心配になる。1万回ありがとうを聞いた水とか、魂が浄化する数珠とかうっかり買っちゃわないかドキドキする。

不貞の夫。才能に恵まれながらも、創作への熱意を見失っている。
熱が冷めてしまった理由は描かれないけど、俊夫のことだから、おそらく過酷な週刊連載生活が終わって、次回作への構想を練るつもりもあって一旦小休止……のつもりがダラダラと早4年。ついにはもう完全に描く気を失っていることを宣言してしまう。ダメも振り切ると無敵だ。


「信用ならない語り手」モノでもあって、現実とマンガを行き来する上に、作者の願望や妄想、復讐心がドロドロと絡み合ってる。最後まで虚実の皮膜を行ったり来たり。むしろ終盤に至って、境界線がどんどん曖昧になっていく。

漫画家・佐和子を演じた黒木華。言いたいこと口にするのが苦手で、想いが糞づまってる感がいい。表情の変化が乏しく、ずっと能面のような同じ顔が続くので何考えてるか分からない感。ずっと不穏。見終わって振り返ると、最終的にロザムンド・パイクに思えてくる不思議。

「ゴーン・ガール」のベンアフに当たる俊夫こと柄本佑。「全部お前のせい」と言えばそうなんだけど、ダメな部分が憎めない愛らしいキャラクターを好演。「しょうがない人だ」と思わず許してしまう人の良さがにじみ出てたし、目の前のエサには考えなく食いついちゃうし、妻の不倫疑惑にブリブリ動揺しちゃう心の弱さがいい。自分のことは都合よく棚上げしちゃうのもリアリティ。

今作イチのサイコパス千佳。演じた奈緒の小悪魔的な存在感もさることながら、単に男女の関係以上にマンガ編集者(マンガファン)として佐和子俊夫夫妻に関わってる。マンガに魂売っちゃってる感じがそら怖くて、面白いマンガのためなら何でもできちゃう。愛しい不倫相手が元サヤに収まろうと、それで面白いマンガが生まれるなら無問題。むしろ奇跡のコラボにワクワクしちゃうマンガバカっぷりがヤバくて面白かった。お前も少しは痛い目見ろっていう気もする。

ロケ地は茨城県かしら?
確かに車がないと不便そう。もしかしたら南国かな?と思ったけど、千佳が急に訪れられてることから言っても北関東が舞台なのはリアルに思えた。
ロケ地になった下館自動車学校はコロナ禍で事業継続が困難になり、2020年6月1日を持って閉校してしまった。古めかしい校舎やコース、木製のベンチとか古き良き時代を彷彿とさせる雰囲気が感じられた。
建物描写といえば、佐和子の実家のログハウスみたいな家。年寄りにあの階段は辛そうだし、微妙な段差も多そう。遅かれ早かれ娘夫妻の手伝いが必要になったかも。あと、家出てすぐ排水路の蓋が車が通るたびにカンカン鳴る。最初は何気ない生活音かと思ってたら、来客や帰宅を知らせる鐘として上手に演出に盛り込まれてた。旅立ちの鐘としての意味合いもあるけど、最後鳴ってたっけ?

フード描写でいえば、度々食卓を囲むシーンはあるけど、食べてるものがイマイチ描写されない。「美味しい芋煮」に言及するくだりはあるけど、具体的にどんな煮物かわからない。団欒シーンであるはずなのに、食卓を囲む各々の腹の底が伺い知れない不穏なシーンにも見えた。
大きな桃を無理矢理頬張る俊夫のシーン。アドリブだろうけど、その後の暗喩にも見えて味わい深い。結末で大きな秘密を無理矢理飲み込むわけだし。

意味深なラストショット…からのエンドロール「プラスティック・ラブ」の切れ味。門出を祝う晴れやかさと、裏腹なドロドロとした愛憎渦巻く三行半っぷり。出来すぎてて鼻じらむ。あんなにおっかない歌だったけか?



余談)
編集者と漫画家が関係深めすぎちゃうの、あるある過ぎて。
自分の周りでも編集担当になった男性を次々兄弟にしていく女性漫画家さんがいた。電話で担当を捕まえては、延々ネーム相談が脱線して長電話。原稿を取りに行けば、その日はもう帰ってくることはない。ある日、編集者共々音信不通になったっけ。今思い返したらちょっと怖い想像もしちゃうな。


60本目
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