垂直落下式サミング

ドラえもん のび太と雲の王国の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

5.0
ユートピアをクラフトせよ!
いちばん好きなドラえもん映画になった。古今東西の伝説や神話は、実は科学的な裏付けのあるSFの産物という王道展開ながら、それに匹敵する未来の科学力が炸裂する。劇場版ドラえもんの傑作!
この時期のドラえもん映画は、「箱庭なかに世界を創造する」というフェッセンデンの宇宙的なお話が多いが、そのなかでも、この『雲の王国』は、のび太たちがドラえもんの力を借りてゼロの状態から自分達で遊び場を創造していく過程の楽しさが随一。
高度経済成長期は終わり、町には土管や鉄骨などの建設資材が放置された空き地がなくなった。そんな時代だからこそ、子供たちには大人に縛られない場所が必要だ。大人の庇護下から一時はなれて、好きなように遊ぶ。それこそが、子供に与えるべき幸せなのではないか?
この「子供だけの遊び場作り」ってのが、F先生の考えるドラえもんの永遠のテーマとして、ひとつある。
開幕早々に、夢にみた天国は無いんだと否定されるのび太。神話のユートピアはない。ないのなら作ればよろしい。この前向きさがとてもいい。さあ!雲を固めて、天国をクラフトせよっ!
最初は、しずかちゃんくらいしか誘わないのだが、思ったよりも人手が足りず、金銭的にもキツくなってきたため、みんなに手伝ってもらおうというところで、のび太が一計を案じる。
ここで、子供にも分かるように株式会社の説明がなされるのは、さすがの手腕。株式の概念を知ったのび太が、あんまり一緒に遊ぶの乗り気しないジャイアンやスネ夫も誘いにいくところも、なんやかんや言ってものび太ってイイヤツだなって見直した。
中盤から、のび太が最初に求めていた天国なるものが現れるのだが、そこでは地上の人間たちを滅ぼす大洪水計画が進められていて…。
子供のころは、ドラえもんが壊れるところや、実際にのび太の町が大洪水で沈んでいくところなどが、めっちゃ怖かった覚えがあるんだけれど、いま観返すと、ドラえもんが雲戻しガスを撃ち込むぞ!と強気に打って出て脅しをかけるところも、まあまあゾッとする。おまえ、そんなクレバーなヤツやったんか…。
ドラえもんは、別にこれを本当に撃ち込む気はなくて、あまりにも非人道的な計画を止めさせるための、交渉の道具として使おうとしているのである。核抑止論とおなじ。強大な力をもった相手には、こちらも同じくらいの武力を保有していなければ、対等な立場で交渉することなどできない。国防の考え方まで、子供たちに刷り込もうとしているのがすごい。
本当にろくでもないオトナ代表みたいなキャラたちも登場して、コイツらのせいで天上世界との全面戦争になりかけるのだが、ドラえもんが決死の覚悟で止めに入るところが作品のハイライト。ドラえもんは、自分達の家族や友人を殺そうとしてきた奴らのために、あの決断ができる男なのである。
本作の根底にあるのは、この時代の流行りだったエコメッセージだとは思うのだが、どうにもこの映画には救いが少ないし、夢が無さすぎる。
天国だなんて都合のいいものはこの世界のどこにもないし、大人なんか大なり小なり薄汚れてんだからなるもんじゃないよと、黒い藤子不二雄がはなつ毒っけが子供の心にちくちくと迫ってくる。
しかし、そんな夢幻泡影ともとれるような諦観を上回る「ないのなら君たちが作れ!」という力強いメッセージが胸を熱くさせる。未来をいきる子供たちの知性に信頼を寄せたほんのささやかな贈りもの。それが、大長編ドラえもん。
さて、ドラえもんのおかげで、地上界と天上世界の人々の未来が守られてからずいぶんと時が流れましたが、わたしたちは変われたのでしょうか?