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英雄の証明のambiorixのレビュー・感想・評価

英雄の証明(2021年製作の映画)
4.0
オールタイムベスト級に好きな『別離』『セールスマン』のアスガー・ファルハディ監督最新作ということで、ウキウキしながら観にいったんですが…ちょい期待しすぎたか。いや、面白かったんですけどね。2時間強の尺もあっという間だった。
ほんのささいな嘘や保身のための取り繕い、良かれと思ってとった行動が積み重なって玉突き事故を起こし、やがて取り返しのつかないところまで行ってしまう…というおなじみの作劇スタイルは本作『英雄の証明』でも健在。それがある種の極点に達するのが中盤の審議会のくだり。金貨の落とし主が見つからないから愛人に代役をやらせて、タクシー運転手とも口裏を合わせて保釈の審査に向かうシーンね。ここは本当に強烈だった。なんでわざわざ映画館に行ってお金を払ってまでこんな思いをしなきゃいけないんだよ!っていう(笑)。ただ、追求する役人だって単に自分の職分を全うしただけのことで、別に嫌がらせでやってるわけじゃあない。実際に役人の視点に立ってみると仕方ない面もある。
てな感じで、この映画って「こいつは正義であいつは悪だ」みたいな二元論でわかりやすく切り分けられるような登場人物がひとりも出てこないんですよね。いかにもな悪役といえば金貸しのおっさんがそうかもしれないけど、あの人だって言ってることは「借りた金を返せ」なんつって恐ろしいぐらい真っ当だし、「金を返さない人間が英雄として祭り上げられる一方で、貸した金を返してもらえない俺が大悪党扱いされている」ことに対する苛立ちの気持ちも十分理解できる。「ヤンキーはちょっといいことをするだけで褒められるのに、もともと真面目なやつは誰にも褒めてもらえない理論」だ(笑)。なので善悪や正義なんてもんはしょせん、切り取られた断片をどう解釈するか、どの角度から光を当てるか、いかんによってどうとでも取れるのであって、どこまで行っても相対的なものでしかないのかもしれない。この映画は、そんな相対的なものにいちいち振り回されて右往左往する人たちを描いた滑稽劇でもあります。
それに比べるとオチはちょっとイマイチというか、緻密に組み上げてきた脚本を最後の最後で全部放り投げてしまった感が否めなかった。死刑囚の奥さんも突然降って湧いてきたように見えて仕方なかったな。
余談だけど、SNS時代のメディアの恐ろしさを描いた映画なのに、SNSの画面やそれに興じる人たちをいっさい映さないというのはすごい。仮にこれが日本映画やアメリカ映画なら、TwitterやInstagramの画面がポップアップしてきてスクリーンを埋め尽くす、みたいなもはや陳腐な紋切り型と化した演出に終始していたはず。
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