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ニトラム/NITRAMの都部のレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
3.8
私が今年公開された映画の中でも本作を滅法好ましく思うのは、本作が『何故 君はそんなことをしたのか?』と問いかけるような内容ではなく、あくまで観測者の視点で彼はその事件に至るまでどのように生きてきたのかを淡々と描いてるからだ。

もちろん映画化にあたり脚色されている点もあるが、その多くは他人には理解され難い一人の人間が抱えていたままならなさに対して極めて真摯な態度であるように思う。作品の主題が彼の人生の結果としての『大量殺人』ではないのは演出の数々が明示していて、社会的弱者あるいは社会から逸脱した存在として冷たくあしらわれる彼の克明な傷の形が描写され、やがて観客はそれを目にして彼に同調していく。

同情ではなく、同調だ。

感情を自在に抑制できない人間はその発露も上手いとは言い難く、それは時として暴力として不規則な行動として出力され、人々はそんな人間を排斥する──当たり前だ。

しかしそんな『当たり前』で図られ不出来と言われた人間が孤独に蝕まられる構図は誰しも他人事ではなくて、だからこそ言いようのない歯痒さを覚える場面が痛々しく連続する。

長閑な田舎町を舞台としているにも関わらず、根底には諦観と緊張感が同居していて、ひたすらに居心地が悪いのも特徴的だ。本作では日常に点在する耳障りな音がたびたび挿入されるが、それこそが彼が日常下で抱えていたストレスのある種のメタファーと考えると納得である。

『誰が悪いのか?』──本作において、分かりやすく母親という存在はその原因のように描かれるが、それは一面的な見方でしかないように思えるし、本作で語られる多面的な彼の被る傷の蓄積がそれを引き起こしたのは明らかである。

だから重要なのは悪を断定することではなく、本作を目にして実情を知った際に、ひどく曖昧模糊とした気持ちとそんな気持ちを揺り起こす現実に頭を悩ませ続けるべきなのだと思う。
私達はいつだって考え続けるべきだ。分からない人、分からないこと、その成否は二の次に、それらを分かろうとする気持ちはなにより尊いものだ。

抽象的な物言いになってしまったが、良い映画なので是非見て欲しい。
ラストシーンの構図が好きだ。
物悲しく、酷薄だし、現実のように救いがないからこそ後を引く味わいがあって。
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