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コンパートメントNo.6のAPlaceInTheSunのレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
4.2

恋人だと思っているイリーナとの旅行の約束を齟齬にされた女子大学生ラウラが、一人旅のために乗り込んだ寝台列車。
狭い寝台室で相席になった若い男性リョーハは酒を飲み散らかし、失礼極まりない言葉をかけてくる酔っぱらい男。

フィンランド人の留学生ラウラとロシア人の炭鉱夫リョーハは国籍だけでなく性別も社会的属性もぜんぜん違う。
そんな二人が、最悪な出会いからいつの間にか相手へ興味をいだくようになり、次第に恋愛に変わる、という恋愛映画のパターンがある。しかし本作「コンパートメント№6」はそんな常道から外れた風変わりな恋愛映画。

考古学を研究してはいるが、未だ自分探しの只中にあるラウラはイリーナの助言で北極圏に存在する遺跡ペトログリフを目指して寝台列車に乗り込んだ(タイトルの「コンパートメント№6」は列車の寝台室6号室から)。
物語は、乗客を寒さ厳しいロシアの から更に北上しながら走る列車を軸に描かれる。
口数が少なく、感情があまり顔に出ないラウラの思いをどうにかして捕まえようとするかの様に手持ちカメラは揺れながら寄りのアングルで彼女を捉える。

旅の途中で、切符が無く困っていた若いフィンランド人男性に手を差し伸べ、リョーハとの相席に招き入れるラウラ。
二人から三人になっただけで関係性は変容するもの。停車した駅で、拗ねたのかリョーハが車外に出て雪と戯れる。
雪を握り玉状にしたものをキックして滑って転ぶリョーハの愛らしさ。車内から窓越しに見守るラウラ。
まだ何者でもなく、地に足がつかないような二人の、無垢で不器用な二人の関係の機微を捉えた素敵なシーン。


列車が北上するにつれ、二人の関係も融解していく。
目的地、北極圏の凍てつくような景色。雪まみれになりながら並んで寝そべる二人は、恋愛を超えお互いの人間性の奥に手を伸ばし優しく触れ合っているかのよう。

最初に列車に乗った時には仏頂面でろくに目も合わさず受答えしていた女性の車掌さんも、長旅を一緒にするあいだに段々と…。
先にこの作品の事を恋愛映画と書いてしまったが、これは恋愛映画というよりもっと無垢で儚い感情を掬い取った作品かもしれない。
同時に、ふわふわと成り行きに身を任せ、時に傷付きながら一人旅する、人生の中の限られたある時期を、尊いものとして暖かく肯定する。
子供の頃大切にしていたオモチャの宝箱のように大切にしまっておきたい映画だ。
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