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ベルイマン島にてのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ベルイマン島にて(2021年製作の映画)
4.0
 ともに映画監督のクリス(ヴィッキー・クリープス)とトニー(ティム・ロス)の夫婦は創作へのインスピレーションを求めて、アメリカからスウェーデンのフォーレ島にやって来る。この地は映画監督イングマール・ベルイマンが晩年生活し、彼の作品のロケ地ともなったベルイマン思い出の地で、ベルイマン・ファンの聖地ともなっている。スコープ・サイズで切り取られたカメラは、青い空と紺碧の広い海、ごつごつとした岩場、そしてどこか郷愁を誘うような風車を捉える。この島はまだ手付かずの自然が数多く残り、アメリカから来たカップルはその美しさに思わず声を上げるほどだ。だが車中の2人の空気はどこか重く、ぎこちない。カー・ナビゲーションのAI音声、プロデューサーとトニーとの電話でのやりとり。2回りほど年上で、既に監督としての名声を手にしているトニーに対し、クリスはまだまだ駆け出しの監督という微妙な間柄で、今回の訪問は互いにインスピレーションを得るという側面もあるが、倦怠期を迎えたカップルの関係修復への旅と見ることも出来る。だが互いの意図に反して、2人の関係は最初からギクシャクしている。

 今作のクリスとトニーの関係性は、監督であるミア・ハンセン=ラブと、事実婚で2回り年上のパートナーだったオリヴィエ・アサイヤスの関係性を真っ先に想起させる。2人は『ファニーとアレクサンデル』で様々なカップルが破局を迎えたベッドを避け、クリスは少し離れた母屋に眠るのだが、目覚めた時にはトニーの姿はない。母屋の机の上にはトニーの新作の構想が書かれたノートが無造作に置かれているが、中にはプロットもシノプシスもなく、縄手錠で縛られた女性のスケッチがあるだけだ。オリヴィエ・アサイヤスの『8月の終わり、9月の初め』で女優としてデビューし、『感傷的な運命』でロマンスに発展した彼女はヴィッキーという娘を出産したがやがて破局を迎えた。今作ではトニーよりもクリスの方が生みの苦しみを味わい、同業の父とも仲間とも言えるトニーに物語創作の指示を仰ぐのだがトニーの態度は随分と素っ気無い。何気ない会話の中でも2人の歯車はいつも嚙み合わない。男はそんなパートナーの態度に苛立ち、女は逆に相手の非協力的な姿勢に悲しみを抱く。だが会えば互いに不満をぶつけ合うこともなく笑顔でハグする。そこに男と女の根深さはあるのだ。

 物語はやがてクリスのプロットをトニーに相談する形で、入れ子構造のように映画内映画がスタートする。1度目は早すぎて終わり、2度目は遅すぎた2人の恋の行方を追ったこのプロットは、クリスの創作にも妄想にも空想にも、或いはこう在りたいという願望にも見えて来る。現に妄想の恋の主人公エイミー(ミア・ワシコウスカ)はクリスやミア・ハンセン=ラブと同じ映画監督なのだ。映画内映画ではかつての恋人との秘めたる恋が描かれるが、ミアはここでも音楽の組み込み方が抜群に上手い。tina charlesの「i love to love」は恋に恋した頃の若かりし彼女が立ち込め、マリファナやアルコールでうっかりハイになった彼女が微睡みの中で陽気にダンスを踊るとき、振り返るとジョセフ(アンデルシュ・ダニエ ルセン・リー)はもうそこにはいない。「ラウター」と殴り書きされたメモは空想と現実との間を往来し、クリスはベルイマンの家に辿り着く。そこに在るのはイングリッド・バーグマンの自画像で、クリスはまるで彼女と話をするかの如く自画像を眺めながら佇む。6人の女性との間に、9人の子供をもうけたイングマール・ベルイマンの傍らでイングリッド・バーグマンはいったいどんな心境だったのだろうか?夢か現実かわからない陶然とした物語は、かつての最愛の人オリヴィエ・アサイヤスへの決別であり、作家としての新たなスタートを緩やかに宣言する。
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