カツマ

流浪の月のカツマのレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
4.3
水の色、真昼の月、それらに掻き消される叫び声、それは懐かしい記憶。戻らない時間が交錯し、再び二人は出会った。それは二人にとって運命だった。しかし、二人だけの視点はあまりにも周囲のそれとはかけ離れていて、哀しみは崩れるように押し寄せた。足を引っ張り合うように水の底へと沈みゆく。それは転落とは違う。二人の目的地がその水の底にあっただけ。

本作は『悪人』『怒り』など、骨太な人間ドラマで日本映画界に太い芯を通してきた映画監督、李相日による目下の最新作である。原作は凪良ゆうの同名小説から取られているが、脚本を監督自身が担当したこともあり、原作とは異なる描写も散見される。全編を覆うトーンは非常に重く苦しい。だが、出演陣の説得力ある演技力と、静かにドラマチックな撮影技能が一体化し、その重みを滑らかに映像作品として焼き付けた。転がり出るのはどんな未来か。二人の男女が運命に翻弄されるように踊る。例えそのダンスが周りから見て、ありえないほど不器用だったとしても。

〜あらすじ〜

小学生の家内更紗はある公園で大学生の佐伯文と出会った。更紗は帰る場所がなく、雨に降られても、ベンチに座り本を読み続けていた。そこに傘を差しかけたのが文だった。更紗は文の家で束の間、平穏な日々を過ごした。だが、ある日、池で二人が遊んでいる際、文は誘拐の容疑で逮捕されてしまう。更紗は文の名前を呼び叫び続けたが、大人たちが二人を完全に引き裂いていた。
更紗は大人になり、彼氏の亮と同棲生活を送っていた。亮は更紗を婚約者として家族に紹介したがったが、更紗は亮との間にどこかぎごちなさを感じていた。そんな折、更紗は会社の飲み会の後、同僚の安西と飲み直すことになり、とある辺鄙な喫茶店に入った。そこで更紗は気付いてしまう。その喫茶店を営む男があの文だったことを。文はどうやら更紗には気付いていないようだったが、文のことが脳裏から離れない更紗は、その喫茶店に通い詰めるようになり・・。

〜見どころと感想〜

とても切なく、そして哀しい。この映画を紐解いていくと、ハッピーエンドなど待っていないように思える。何せ、この物語の主人公たちは自分たちがどんな未来を望んでいるのか、ということにとても無頓着だし、それを絶対に望んではいけないことのように思っている。それが二人の周囲の人たちも傷つけ、狂わせ、大きな渦となって物語を呑み込んでいく。ダイレクトな暴力、言葉の暴力、そして、嘲笑という名の暴力。そんな負のかたまりが芋づる式に拡大し、二人の間に横たわる。

今作は俳優陣の演技がとにかく素晴らしく、特に広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、この三人の演技が特に際立っている。広瀬すず、松坂桃李はすでに日本アカデミー賞で最優秀賞を獲得しているため、納得の演技を見せてくれたが、驚かされたのが横浜流星の怪演である。『ヴィレッジ』でもそうだったが、彼は近年、重厚な人間ドラマでも存在感を放つようになっており、李相日の次作『国宝』にもキャスティングされるなど、今後も賞レースを賑わせてくれそう。今作では芯の脆さを男性的な抑圧で紛らわそうとする嫌らしい役柄を見事に演じ抜いていた。

上映時間が2時間半と長いけれど、不思議と長さを感じさせないのは監督の映画作りの旨さだろうと思う。喫茶店内での木目調の色使いだったり、文と更紗の過去のシーンの白を基調とした透明感だったり、色彩感覚に繊細さを滲ませる映像美が我々の目をなだらかに包み込む。そのため、平坦な描写が少なく、ストーリーへの没入感は極めて高い。物語の吐息をダイレクトに感じられる、非常に完成された作品。哀しい道筋を進んでいるのにずっと見ていたいと思える、とても不思議な一本でした。

〜あとがき〜

李相日という監督は原作ものとの相性が良く、しかも重い作品のイメージも強いため(『フラガール』の作風がいまや懐かしい)、今作も心しての鑑賞となりました。期待していた通りの良作でしたね。日本アカデミー賞では『ある男』に持っていかれましたが、ノミネートも納得の作品だったと思います。

物語は比較的シンプルなのに、俳優の演技力と画力で引っ張れるのは、これぞ映画!という構成美。ポーの詩集は原作には無いようですが、この物語にはハマっていたと思いますね。こういう映画のエンドロールは静かなことが雄弁に語る。ラストの終わり方も好きでしたね。
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