Kaji

ブルー・バイユーのKajiのネタバレレビュー・内容・結末

ブルー・バイユー(2021年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

素晴らしかったです。

今作は歴史的背景と差別がいかに愛し合うひとつの家族を引き裂くか、という点でとてつもなく練り上げられ、推敲された脚本と当事者の声を詰め込んだ良作でありました。

まず韓国の海外養子についてですが、韓国では2019年に堕胎罪の違憲判決・2021年の法無効化(廃止ではない)を迎えるまで人工妊娠中絶は施術した医師も母親も有罪となる状態でした。有罪化には起訴など法律手順が必要なので暗数については解説できませんが、朝鮮戦争後の混乱や軍事政権下での妊娠で女性たちが多く苦しんだのではないかと思います。
また、劇中にある「00年代までの養子縁組は違法なものが多くて」という発言には、養子ビジネスも関連していると想定できます。
その辺を背景に組み込んだ作品では
「バッカス・レディ」(米兵との子供を海外養子にした韓国女性と売春)
「冬の小鳥」(フランス育ちの監督が移民ビジネスについて触れた映画を制作)
ドラマ「ヴィンチェンツォ」(主人公が海外養子縁組に出されたイタリア出身者)
「ウヨンウ弁護士は天才肌」(堕胎を選べなかった母親が育児放棄)
「まぶしくて」(軍事政権下での夫の不当逮捕でシングルマザーとなった女性が登場)などがあります。
 韓国移民には常に戦争の影響があります。
「pachinko」での在日コリアンの物語はぜひご覧ください。重いですが見る価値あります。ジャスティン・チョン監督とコゴナダ監督が共同監督しています。


ベトナム移民との交流を描いた今作の歴史的片鱗は、熾烈なイデオロギー対立の傷を無垢な市民が負っていた韓国とベトナムの共通項をおもわずにいられません。
また、韓国はベトナム戦争に参戦しており、あのお父さんの記憶にはベトナム戦争があるだろうと思うと居た堪れませんでした。
お父さんは戦争でも病気でも大切な家族を亡くしていると思うと生きていることをどう背負い、どう感じているのか。。

また、アメリカ映画で増えつつある「アジア系移民」をモチーフにした映画でもあるのはいうまでもありませんが。既出作として「ミナリ」では移民した家族がひと世代前の祖母を呼ぶことから移民家族の中にある無理解や世代間の摩擦が見えましたし、「フェアウェル」や「エブエブ」での中国系移民家族の中でのマインドギャップ、「ノマドランド」でクロエ・ジャオ監督が炙り出したノマド的価値観と経済との関係、「アジアンリッチ」での出自格差とルーツが作るバランスの難しさなど描かれた肖像はすでにありながら、この切り口から逃げなかったジャスティン・チョン監督に敬意を評したいです

並びに今作が素晴らしいことに、chosen familyの風景を切り取っていたことを挙げたいです。
子供の虐待がある中で、「養子」「継子」の不安定さを描き出すことの重要性はいままさにその立場で暮らしている人にとってどれほど心強い存在となるか計り知れません。
アントニオはパートナーとの間に自分が父親ではない娘がいますが、彼女は「愛」について不信感を抱いています。「前のパパは私たちを捨てた、ほんとの子供ができたらパパも私を捨てるの?」との問いに全力で「違うよ」と学校を休ませて2人だけの時間を作ったアントニオの親心と家族を支えないといけない、収入を上げないと、とビラ配りをして悪友に擦り寄るアントニオは別人ではありません。
妊娠中のパートナーも仕事復帰して「どうか四人で家族になれるように」と努力を惜しまない夫婦なのに、法律が彼らを引き裂きます。

最後の空港でのシーンは家族愛に割って入る権力が憎くて仕方なかったですし、韓国に戻ってからもアントニオは貧困から抜け出せると約束されたわけではないので、個人に背負わせている社会的背景の重さに憤りを感じて泣いていました。
 アントニオを裁判所に行かせなかったレイシズムにも強い怒りを感じます。

アメリカにおける移民政策は日本よりもだいぶ先をいっているとわかっていても、これほどまでに差別があるのだと突きつける今作、しかしながらとても叙情的で詩的な感傷も入れ込むことでキャラクターが受けているルーツや身の上からの突き上げを痛みとして受け取らせてくれた今作のナラティヴィティには感化されるものが大きかったです。
Kaji

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