三樹夫

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲の三樹夫のレビュー・感想・評価

4.5
この映画は何と言ってもひろしの回想シーンだろう。珍しくループの肯定でありなおかつ泣いてしまうという素晴らしい名シーンになっている。ループものは普通は何回も繰り返すことは苦しみでそこから抜け出すことが救いだが(輪廻転生や解脱と一緒)、そのためループすることは否定的に描かれることが多いが、ああやってしんのすけもひろしと同じ経験を積みやがて家族が出来るんだなと思うと、ひろしの人生それ自体の描き方の素晴らしさとの相乗効果で何回見ても泣いてしまう。ひろしの回想は平凡だけど幸せな人生の象徴なので、単にひろしに限った話ではないためターゲットが広く、これほど見てる人の心に響く。

またこの映画はしんのすけが鼻血流して必死に階段を上るという正面きっての感動シーンがある。クレしん映画は照れがあってしんのすけが泣くシーンでも後ろから描いて顔を見せなかったり直前直後までギャグがあったりするが(この映画のひろしの回想でさえ靴の臭いで目を覚ますという感動の直後にギャグがある)、もう照れられないと思ったのかギャグを挿まない純粋な感動シーンを描いていて、これがクレしん映画の良くも悪くもターニングポイントになっている。この後に戦国があるのでクレしん映画は感動という呪縛に取りつかれてしまう。

オトナ帝国は昔は素晴らしいというだけの映画に終始しないバランスの良さ、2000GTやダリの唇ソファーなどの小物、ウルトラマンや魔女っ子などのノスタルジックな小ネタも魅力になっている。
この映画はノスタルジーに魅力があるということを否定していないし、21世紀を生きることが辛いということも否定していない。しかし、しんのすけやこの映画を見に来た同年代ぐらいの子供たちにはノスタルジーに耽溺する過去はまだなく、未来しかない。ノスタルジーというテーマと未来しかない5歳児のしんのすけが主人公というクレヨンしんちゃんのフォーマットが見事にハマり、子供たちの未来を奪うわけにはいかないという納得の帰結に至る。なぜ過去か未来かで未来を選ぶかというと、子供たちの未来を奪うわけにはいかないからだ。

本郷、原監督のクレしん映画は日常が非日常に侵食され、あるいは非日常へ連れて行かれたり飛ばされたりし、日常に戻るためしんのすけが頑張って高い所に登るというのが基本なのだがこの映画はその完成形だ。ヘンダーランドと大枠を見比べると、本作はノスタルジーに日常を侵食されるが、ヘンダーランドはダークメルヘンに日常を侵食されるという違いしかない。原監督のクレしん映画は日常から非日常への移行が早く、監督したクレしん映画作品の中でもこの映画は最速で、始まった時点でノスタルジーに日常が侵食されている。
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