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ウエスト・エンド殺人事件のhatraのレビュー・感想・評価

ウエスト・エンド殺人事件(2022年製作の映画)
4.3
「明暗」「悲劇と喜劇」その演出と語り方が素晴らしかった。
ミステリーにしては単純明快な脚本だが柔和な雰囲気の画作りが上手くマッチしていた。
難解な事件や巧妙なトリックに期待すると肩透かしを食らうが、そもそもそういう土俵で勝負していない。
個人的には「高尚な推理ものか?」という評価基準とは切り離して、押し付けがましくない前向きさで心地いいミステリーだった。

※以下若干の人物設定バレあり※
舞台は第二次大戦という「悲劇」を経験したロンドン、演劇を取り巻く人々に起こる殺人事件という「悲劇」、それを捜査する「悲劇」の過去を持つ凸凹バディの物語。

前提に、主人公の警察官二人は戦争の被害者である。
妻に裏切られ恐らく傷痍軍人でアルコール依存のやさぐれ警部、
戦争未亡人であり母であり男性社会で立身しようともがく巡査。
大体の映画であれば少なからず「暗い」トーンを持つ成り立ちだ。

しかし互いに過去については世間話のノリ、「明るい」トーンだ。(この「誰もが被害者」という当時の一般性が逆に生々しさを感じるが…。)
そして脚本もあらゆる「暗い」話題については深掘りをしない。
暗くなりそうなら明転してぶった切る程。

そんな調子で音楽、照明、美術、演技などあらゆる演出もひたすら「悲劇」を「明るく」包み込む。
特に印象的なのは本来究極に暗い要素である「死」に関する幾つかの場面、全て意図的に照らされている。

つまりこの作品は徹底して人生の「明暗」の「明」にフォーカスする「悲劇」を土台にした「喜劇」なのだ。
そしてそのスタンスは事件の舞台を「演劇」に絡めることでメタ的にも作用する。

戦後のロンドンを照らすかの様に、エンターテイメントは人々に光差す。
どんなに悲劇が上書きされようと絶対に止めることをしない。
そんな劇中の人々の姿勢からこの映画の作り手達の持つ「創作を信じる力」を感じる。
それは使命感の様なもので時代を越える不変の意志だろう。
これが恐らくこの映画の本質だと受け取った。
(実際劇中の一団がそこまでピュアかは置いといて。)

そんな「悲劇を包み込む喜劇」の物語だが、明かされる犯人もやはり「悲劇」の被害者だ。この作品の向いていた方角と違う所を見ていた犯人…そして迎える「こういうミステリーあってもいいじゃないか」という結末。なんとも言葉にしづらいケレン味を感じた。

兎にも角にも、視聴前の印象や評価からは想像しなかった内容や満足感があり、こういうポジティブで馬鹿馬鹿しさとは違う底抜けな明るさを持った作品に出会えたことが嬉しい。
プロットだけ見ればサスペンスで作れるが敢えてコメディとして描く視点、それをメタファーの様に落とし込んだキャラクター、多面的な事実の明るい面を見る姿勢に学ぶものもあった。
映画とは、物語とは、エンタメとは…何故大衆は求め、何故作られ続けるか…なんだか根本的なことを確かめられる作品。

難解なミステリーよりも考察や解説で読解したくなる要素が多く、久々にすぐに見返したくなった。

最後に、ストーカー巡査がとても良いキャラクターで大好きなのでこの一作で終わるのは勿体ない。
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