このレビューはネタバレを含みます
漫画での宮城は「ヤンチャなバスケエリート」として描かれている印象だったが、家族との別れ、兄との比較、家庭環境、身長故の苦しみなど、幾多の苦難がその背景にあった。それらの苦難の中で成長する宮城にスポットライトが当てられ、違った側面からスラムダンクを楽しむことができる。
赤木(2年次)の「宮城はパスが出来ます」という台詞が心に残っている。作品を通してこの発言を考えるなら、その当時は「ドリブル」は宮城の代名詞ではなかったということであり、兄や三井(中学生の時)との1on1では歯が立たなかったドリブルを、高校時代の努力で武器にしていったことが暗示されている(と思われる)。漫画では赤木の孤独な努力や桜木の急成長に隠れているように感じるが、宮城リョータも間違いなく努力で這い上がってきた男なのだ。
漫画では自分の読むスピード次第で、すぐに展開も結末も知ることができるが、映画では当然自分のスピードで進めることはできず、音や描写が生み出す緊迫感も相まって、思うように進められないもどかしさを体験した。結末はわかっているのに更なる興奮を欲して早く進めたくなってしまう、という不思議な体験をした。出版と映画化のタイムラグが、確実に私の周りの時空を歪めていた。