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死刑にいたる病のsomaddesignのレビュー・感想・評価

死刑にいたる病(2022年製作の映画)
5.0
爪!

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三流大学に通う平凡な大学生のもとに、収監中の連続殺人犯から手紙が届く。指田人は世間を震撼させた連続殺人事件の犯人・榛村。24件の殺人容疑で逮捕され死刑判決を受けた榛村は、犯行当時雅也の地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也もよく店を訪れていたのだ。手紙の中で、榛村は自身の罪を認めたものの、最後の事件は冤罪だと訴え、犯人が他にいることを証明してほしいと雅也に依頼する。

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原作未読。結末が映画と原作で大きく違うらしいので、いつか読むつもり。

こっわ!こっわ!
序盤のシーンのいくつかは、あまりに痛々しくて見てられなかった。グロ描写があるわけじゃないけど、暴力や痛みにリアリティがありすぎて思わず目を背けてしまった。のっけから超強烈。

連続殺人犯に限らず、登場人物全員どこかしらぶっ壊れてる。榛原が普通の社会生活と地続きの存在ってことだし、榛原と自分達の差は面会室のガラス一枚の程度の差しかないってことかも。

「死にいたる病」に絡めて劇中にキルケゴールの講義シーンがあったけど、実存主義とかよく分かんねえ! 映画の行き着く先が『絶望』って暗示なのかもしれないし、キルケゴールの言う他人ではなく自分自身とうまく付き合えない、生きながらに死んでる状態=「絶望」の淵にいる多くの人たちの群像劇としても見れる。

白石和彌監督の面会室映画といえば代表作の「凶悪」。今作だとガラスに互いの顔が重なる(同一化)の描写を含めて、映像表現がググッとブラッシュアップされてた。監督のアイデアをこれでもかと詰め込んで、虚実の皮膜すら飛び越えて観客のすぐそばにまで榛原大和が迫ってくる気分。説明過剰にも思えるけど、二人だけの世界の閉塞した濃密な関係性も感じられた。ジワジワ榛原が侵食してくるシーンとか、マジ怖。

阿部サダヲがおっかないのなんの。阿部サダヲ史上最恐。今後しばらく違う作品で見ても、役を重ねてしまいそう。とにかく黒々とした目の演技がすごい。ニーチェの「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」を体現するような、彼を見る側が彼に見透かされ引きづり込まれるような眼差し。誰とでも仲良くなれる社交性の反面、誰とも分かり合えないソシオパスも端々に匂い立つ。物語の中心にいて、全てを自分自身に引き寄せてしまえる求心力の高さ。レクター博士に並ぶ誰もが惹かれてしまうサイコパスキャラがついに邦画にも!

W主演の岡田健史。伏し目がちで大きな背丈が小さく見える佇まい。中性的な美しさを活かしてて、か弱く頼りない少年のような雅也が、真相を探るうちに徐々に親の庇護を離れた独立した男の顔に変化していく。榛村の好みが彼を通じて窺い知れるキャスティングなのも絶妙。あとかなりどうでもいいことに、のん(ex能年玲奈)に似てた。なんかこう…勝手に二人一役に見えてしまって、望外の闇深さを体感。たぶん自分はものすごく疲れている。


🍞フード描写でいえば、凄惨な遺体の写真や調書を読みながら食事を食べられる雅也のサイコ味。まだ若くて自炊に不慣れなせいもあるだろうけど、カップ焼きそばかコンビニおにぎりばかり食べてて、機械的に腹を満たしてる感がしていい。

音尾が演じた滝内も雅也の調査に協力するふりして、ちゃっかり飯代たかってる。多分一軒目を滝内が職場近くの居酒屋を待ち合わせ場所に指定して、しれっと二軒目に高そうなステーキ屋さんを奢らせる手口で常習的に人の弱みを利用するのに慣れてそう。50手前のおっさんがハタチそこそこの若者にタカる図々しさと、油断ならない相手にいいように翻弄される雅也の隙間が伺える。

あとビール!🍺
物語の先頭から出てきて、優柔不断な母親の性格が浮かび上がる装置として機能してるし、ブクブクと湧き上がる家族の疑念と、それをググッと飲み込む力技の象徴にも見えた。


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