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パワー・オブ・ザ・ドッグのnetfilmsのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
4.1
 兄は、寡黙なのんびり屋で煮え切らない弟をいつも鼓舞し続けて来た。だがその鼓舞の仕方はまるで馬の手綱を締めるようなやや強引で手荒なやり口だった。1920年代のモンタナ州、2つ年の離れた兄フィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)は文字通り、年長者の威厳とカリスマ性で弟ジョージ・バーバンク(ジェシー・プレモンス)を支配し続けて来た。フィルが白と言えば白で、黒と言えば黒という理不尽な兄弟関係に冒頭からジョージはすっかり疲れ果て、うんざりした表情を見せる。西部で大成功を収めた父の跡を継ぎ、2人で巨大な牧場と沢山の部下たちを取り仕切る兄弟は1925年のある日、食堂を営むローズ・ゴードン(キルスティン・ダンスト)とその一人息子のピーター(コディ・スミット=マクフィー)に出会う。フィルの態度はポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の主人公ダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)のような人物だと考えると大変わかりやすい。西部開拓時代、山師的な才覚に長けた男はやがてその恐怖政治で巨万の富を築くのだが、虚勢に基づくメッキはいつか剥がれ落ちる運命にある。

 我儘なコントロール下に置いていたはずの弟ジョージの初めての兄への抵抗は、2人の結婚に他ならない。何の相談もなしに親族が1人のみならず2人も膨れ上がったフィルの落胆や怒りは想像に難くないのだが、未亡人とその息子を引き入れたことで、2人の関係性にも徐々に亀裂が生じ始める。開拓者時代の理想的な親方像は、男が男らしくないことを心底忌み嫌う。だからこそ最初の出会いの場面で男は、大切に形作られたバラの花を躊躇なく燃やし尽くす。そのことがピーターの憎悪を掻き立てるのだ。大学出でバンジョーをつま弾くフィルは実に器用な才能を持つ一方で、その言葉攻めは酷く陰湿でどこまでもしつこい。案の定、陰湿ないじめにより精神の均衡を崩した母親とは対照的に、ピーターがフィルのある秘密を目撃したところから物語は大きな進展を見せるのだ。ニセの弟と息子とが入れ子構造になっていた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に目配せするように、ここでも強権を振るう山師的な男と彼に罵倒されるだけだったおっとりした息子の立場とは見事に逆転する。一説によれば、ピーター役のキャスティングはポール・ダノで一度決まりかけたらしい。

 人間の二面性は斯くも簡単に暴き出されるのだ。獣ような野心家に睨まれるばかりだったウサギに見えた純粋無垢な少年も、いざとなれば喉元すら割いてみせる。昨今の性的マイノリティへの目配せもさることながら、あえて暗喩的に描く4人の緊張関係がヒリヒリするような張り詰めた空気を生む。まるで昼ドラ・レベルの陰湿ないじめやドロドロした欲望も、山間部の荒涼とした空気や馬の聡明な瞳に吸い込まれるようだ。僕が守らなければ誰が母を守るというピーターの冒頭の言葉が突き刺さる。度が過ぎたミソジニーを繰り返すフィルと解剖オタクで性の目覚めを控えたピーターとの関係は、いかようにも解釈の余地を残す。外見と内面のマチスモの齟齬は最も今日的な命題でもあり、雄大な自然の中でジェーン・カンピオンは大胆にその領域に切り込んでいる。
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