ワンコ

ベルファストのワンコのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
5.0
【振り返ること、未来を考えること】

このケネス・ブラナーの幼い頃の体験をベースにした映画作品は、アカデミー賞最優秀作品賞の候補だ。

今年のアカデミー賞は、「ドライブ・マイ・カー」も作品賞にノミネートされていて、日本では例年より注目度が高いが、この「ベルファスト」も、ぜひ、多くの人に観てもらいたいし、もし、可能であれば、親子で観て、親が子供に解説してあげるのも、とても良い作品だと思う。

個人的には、作品賞は、「パワー・オブ・ザ ・ドッグ」だろうなんて思っているが、SF好きの僕には「DUNE」もあるし、全部に作品賞をあげてはどうかなんて考えてしまう。

ただ、現在のウクライナ危機の背景には、民族対立と共に宗教対立の入り混じった複雑な問題もあることから、「ベルファスト」はダークホースとして注目されることもあるかもしれないなんて考える。

そう…、この「ベルファスト」は、ロシアがウクライナに侵攻した記憶が生々しい今、こうした争いを”客観的”に考えるきっかけにもなるような気がするのだ。

今、テロリズムと云うと、どうしても9.11が思い出されるという人は多いと思う。

だが、世界には、もっと前から、テロリズムには苦しめられてきた歴史がある。

ずいぶん前になるが、ロンドンで勉強させてもらっていた時に、赤い二階建てバスが市内の路上で燃えたことがあった。まあ、ほぼ全焼だった。

内燃系の不具合による単なる事故だったのだが、僕が、冗談でIRAか?なんてイギリス人の友人に尋ねたら、それは、ブラック・ジョーク過ぎると嗜められたことがあった。

IRAとはアイルランド独立軍の英略だ。
IRAは、この映画の舞台となる1960年代終盤の北アイルランドの首府ベルファストの一角で起こったキリスト教プロテスタントとカトリック信者の間の衝突がきっかけとなり、北アイルランド紛争にまで発展するなか、急激に武装化し、北アイルランドはイギリスから独立、アイルランドに帰属するべきだとの主張を掲げた組織だった。
そして、その中でもテロを実行し過激化したのがIRA暫定派と呼ばれる一派で、単にIRAと呼ぶ場合、この暫定派を指すことが多く、国際的なテロ組織と見做されていた。

北アイルランド問題は、1960年代終盤に始まり、収束までに30年以上要した紛争だった。そして、5万にも及ぶ人が命を落としたのだ。

おそらくきっかけとなった小競り合いは、複数の場所で同時多発的に散発したのだと思うが、あんな街の一角で起こったキリスト教宗派間の対立が拡大して、5万人もの人が亡くなったのだ。

良き隣人が、宗派の対立で、良き隣人ではなくなる。
過激な行為を嗜めると裏切り者扱いになる。

今、テロリズムを考えるとイスラム教原理主義を思い浮かべることが多いように思うが、キリスト教の間でも似たようなことがあるのだ。

こうしたことを客観的に伝えることは大人の大切な役割だと思う。

そして、世界には、国の独立をめぐる経緯と宗教対立を利用して、特定の宗教を弾圧しようとする政策もある。イスラム教国のパキスタンと対立するインドのヒンドゥー教優位の制度がそうだ。

人種や民族間の対立もいつ起きるか予想もつかないこともある。

コロナをきっかけにしたアジア系に対するヘイトクライムも人種間の対立を煽るものだ。

こうしたものがイデオロギー化した時に、苦しむのは結局、そこに暮らす人々だけではないのか。

残った人も、去った人も。

残る決断も、去る決断も、苦悩を末なのだ。

バディのおばあちゃんが、ベルファストを離れる息子夫婦と孫に「振り返らないで!」と囁くが、僕たちも、世界も、振り返って考えないといけないのだと強く思う。
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