しん

ベルファストのしんのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
4.4
『ドライブ・マイ・カー』と『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の一騎討ちだと思っていた今年のアカデミー賞ですが、個人的には本作が受賞するのもありだと思いました。
近年のアジア監督ブームや作品の精緻さでいえば『ドライブ・マイ・カー』でしょうし、「男らしさの呪縛」といったジェンダー的トレンドや人間描写の巧みさでいえば『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でしょう。ほぼ白人しか出てこないし、カトリックとプロテスタントというこれまで繰り返し描かれてきた対立だし、ベルファストというマイナー都市だし、そういう意味では前二作に劣後するかもしれません。

しかし本作が描き出したものは、そんな陳腐な評価を吹き飛ばすほど価値かあります。今後何年も語り継がれる傑作でしょう。
現代においても、マリウポリやティグレ、ジューバー、ガザ、ダマスカス、ヤンゴンなどで街そのものを破壊するような暴力がまかり通っています。そんなニュースを消費するとき、私たちは「なぜ逃げないのか」とか「戦略的にどこが重要か」とか「どこで線を引いて折り合いをつけるか」といったことばかり議論してしまいます。しかしそこに住む人々にとって、その街はその街でしかなく、「折り合い」をつけられるものではないのです。東京やロンドン、パリに住んでいると、そのことをすぐに忘れてしまいます。本作は「故郷」の意味を再考するきっかけを与えてくれます。

いや、そんなことはない。私たちはいつもそういった街に心を寄せていると言う人もいるでしょう。しかし、そう言っていた人が次の瞬間には「スマートシティ」や「コンパクトシティ」を唱えたり、田園地域に「そのままの保存」を求めたり(世界遺産的な論理を唱えたり)するのです。彼らの「この街しかないんだ」という叫びを意図も容易く無視しながら。「外に目を向けろ」という言葉の残酷さを本作は余すところなく表現しています。ベルファストを壊したのはプロテスタントの過激派だと簡単に結論付けるなら、本作を見た意味の半分は棄損されています。

さらに、本作の主人公が子供なのも良かったと思います。彼らにとって宗教は「道具」であり、ギャングは映画スターです。そんな子供たちの育つ機会において、それを圧倒する暴力やどうしようもないという虚無感を与える経験ほど悪なことはないのでしょう。

本作の中では、ナチュラルにインドを下に見るシーンなどもでてきます。破壊された都市に住む人たちも、ただの心根の優しい人ではありません。そこに住む人をそこに住む人として見る。聖人としてでも悪人としてでもなく。そんな当たり前の難しいことを再確認させてくれる、素晴らしい傑作でした。
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