tanayuki

アルピニストのtanayukiのレビュー・感想・評価

アルピニスト(2021年製作の映画)
4.8
命綱なし、頼りとなるのは自分の手足だけという『フリーソロ』で見る者の度肝を抜いたアレックス・オノルドをして「あいつはクレイジーだ」と言わしめた、知る人ぞ知る天才クライマー、マーク・アンドレ・ルクレール。「僕が登るのは硬い岩だけど、彼は氷壁をフリーソロで登る」というアレックスの言葉通り、氷瀑を登るアイスクライミングも、人を寄せつけない断崖絶壁の冬季単独登攀も、命綱なし、安全装置なしのオンサイト(事前のルート探索なしにすべてその場でルート選択をする一撃必殺のクライミング)で飄々とこなしてしまうマークの、人間ワザとは思えない技術と体力と強心臓ぶりに終始圧倒されて言葉もない。

ピッケルを突き刺した岩がボロッと剥がれ落ちて谷底に吸い込まれるシーンでは小さく悲鳴をあげ、素手で握ったピッケルだけを頼りにオーバーハングで宙ぶらりんになるシーンでは息を呑み、途中、標高数千メートルの断崖でこんな薄い氷に全体重を預けてたのかと驚かされるシーンもあったりして、心臓によくないことこの上なし😎

ところが、当の本人はつねにニコニコ笑みを絶やさず、間違って現代に紛れ込んでしまった野生児のような雰囲気で、誰からも愛されるそのキャラが、やってることの無謀さやリスクを覆い隠してしまう。本人はみずからの実績を世間にアピールして誇りたいという欲がほとんどなく、そんな時間があったら次の山に登りたいというタチなので、知る人ぞ知る存在なんだけど、やってることのレベルがちがいすぎて、他のクライマーたちはもはや笑うしかない。

ひとつところに落ち着いていられないマークは、撮影に飽きるとすべてをほっぽり出して姿をくらまし、数カ月後、各地のクライマー仲間のSNS投稿によって、前人未踏のチャレンジをいくつも成功させていたことを撮影陣が知る、ということもしばしば。「なぜ教えてくれなかったのか」となじる監督に、「最初の単独登攀には誰も連れていかない。だって誰かいたら「単独」にならないでしょ」ときわめて真っ当な答えが返ってきて、ぐうの音も出ない。まさに天然の自由人。

すったもんだあったかもしれないけど(ぜひ本編を見て確かめてください)、この映画がちゃんと公開されたことに感謝したい。まだまだ可能性に満ちた人類の、ひとつの到達点の記録。

△2022/07/09 TOHOシネマズシャンテで鑑賞。スコア4.8
tanayuki

tanayuki