かなり悪いオヤジ

クナシリのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

クナシリ(2019年製作の映画)
3.5
あくまでも国後島に現在住んでいるロシア人から見た北方領土問題をテーマにしたドキュメンタリー作品である。故安倍首相がプーチンを目の前に、日露平和条約締結並びにその先にある北方領土返還を熱く語るシーンが盛り込まれているものの、日本人のナショナリズムを鼓舞するような演出は皆無といってもよいだろう。現在「ゴミと戦車と大砲」の島と化した“クナシリ”には、かつて日本人が住んでいた面影は殆ど残っていない。敗戦後移住してきた旧ソ連軍によってすべて破壊されてしまったのだという。

日本人が島から追い出された後、日本式家屋はすべて燃やされ、墓石は海底に投下。映画館も潰され、そこにあったポルノビデオもすべて軍に没収されてしまったという。農家の牛もすべて殺処分、代わりにオーストラリアから連れて来られた牛は環境に適応できずにすべて死んでしまったらしい。島唯一の遊廓は是非残して欲しかったと、ロシア人のお爺ちゃんが冗談交じりで語った思い出話が実に感慨深かった。

その爺ちゃん曰く、現在の“クナシリ”はロシア中央政府に見捨てられ落ちぶれ果てているという。浜辺にはゴミが散乱し、かつては山道だったらしき道も草ぼうぼう。下水が未だに整備されていないため、湾は糞尿垂れ流し状態で、そこでとれた魚介類は喰えたもんじゃないらしい。是非日本人を再び呼び戻して、仕事のないこの島に新しい雇用を産んで欲しいと切実に訴えていた姿が印象的だ。

そんな島の住民からペテン師呼ばわりされている島の知事は、我々は戦争に勝ったのだからロシア人がここ“クナシリ”に住むのは当たり前、返還などまったくの夢物語で現実的には考えられないの一点張りだ。島に駐留する軍人も、島に打ち捨てられている錆びだらけの戦車や大砲を集めて軍事博物館にする計画を盛んに吹聴していたが、そんなもん国後島くんだりまで行って誰が観たがるのと思っているのか、一度詳しく聞いてみたいものである。

そんなうらぶれた風景の合間にタルコフスキー譲りの幻想的な映像美が時折挟み込まれるため、この監督が観客に伝えたかったことが少々分かりにくい。が、私は思うのである。長い時間をかけて人間が築き上げてきた生活や文化をイデオロギーの名の元に一旦破壊してしまうと、もう二度と元の姿には戻れないのではないか。上部だけ新しい文化で塗り固めようとしてもすぐに剥げ落ちて、原始の姿にいずれたち戻ってしまうのではないか。“クナシリ”は現在その途上にあるような気がしたのだが、どうだろう。