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オッペンハイマーのnaoのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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核と人類の到達点に警鐘を鳴らした比類なく強烈な作品。知的探究心や政治的名声を初めとした道徳的矛盾、核開発への強迫観念と苦悩を体現する繊細なマーフィーの演技が見事で、全てを賭けて得た最も破壊的な名声と犠牲そして”黄昏”の先は途轍もなく空虚な景色だった。

マーフィーとRDJの力均衡/ゴランソンによる傑出した音響設計/巨匠ノーランによる没入感のある驚異的な撮影美/理性より感情に訴えかける一人称の語り口/倫理的板挟みや苦悩を描いた重層的な脚本/錯綜する時系列を繋いだ複雑巧妙な編集/畏怖の残る結末まで妥協が寸分も無く、原爆投下に至った人間の行動原理が量子力学よりも謎に包まれており、プロメテウスの拷問よりむごいことは疑いようもない。見慣れた法廷ドラマに途轍もない推進力を与えるゴランソンの”Can you hear the music?”の主題に載せた緊張感のあるモンタージュは見所だが、本質的に意味の含まれないショットも壮大に感じるという落とし穴がある。しかしメメントの「記憶と真実、どちらを信じるか」、インターステラーの「愛は時空を越える」、テネットの「鶏が先か卵が先か」という問題提起から成熟したオッペンハイマーでの道徳的な意味合いとある種の曖昧さは、ノーランの新境地とも言えると感じた。

妻キティを演じたブラントは意表を付くシーンスティラーで、彼女の洞察力と知性溢れる存在感と、台詞に込められた文脈の表現力は、今作に出演する名優たちと比較しても特出しており”You don't get to commit sin, and then ask all of us to feel sorry for you when there are consequences.”(あなたは罪を犯したのに、同情してくれと頼むのね。)という台詞には二重の意味で寒気を覚えた。RDJは後半にかけてのダイナミクスが戦略的で、商人からの叩き上げの狭量な人物像に見逃されやすい、オッペンハイマーの倫理的矛盾を指摘する場面はとても重要。

大量虐殺者に対抗するという英雄主義、パラノイアと核設計への自己欺瞞と罪悪感、倫理的矛盾…複雑で揺れ動く感情を表すマーフィーの演技力は勿論、大理石のような青い目に対し設計された照明も意図的で美しい。観た人は分かるだろうあの群衆の場面でのマーフィーは、もはや恐ろしいくらい本物だった。オスカー受賞式でマーフィーが言及したように、そして映画そのものが伝えるように、私たちはオッペンハイマーの世界の延長線上に立っている。映画は決して投下を正当化するものでは無く、寧ろ革新的な映像表現で問題の再提起を行い、核の恐怖を可能な限り主観的に伝える意欲作だったと思う。
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