「原爆の父」オッペンハイマーの半生を描いた作品。第二次世界大戦や冷戦、赤狩り…理論や抽象の世界だけで生きていた量子力学の科学者が時代によって栄光をつかみ、時代によって没落を経験する、まさに時代に翻弄された人生。
ナチに先んじて原爆を完成させたいという民族的使命から開発を引き受けたオッペンハイマーが、ドイツ敗戦後もマンハッタン計画を続ける姿には自身の理論を証明したい科学者としての好奇心や威信もあったはず。完成した原爆が米ソを核競争に巻き込み、次第に彼の手に負えない存在に。そして名声を得ながらも罪の意識に苛まれ生きていき、水爆に異を唱えたことと、科学者間の個人的な嫉妬によって共産主義者を疑われ、没落の一途を辿る。(天才科学者であることは間違いないが)聖人でも善人でも悪人でもないし、神経質で尊大で、私生活も決して褒められたものではない人間み溢れるオッペンハイマーが世界を破滅させる武器を完成させてしまったこと、おそらく人類史上誰も経験したことのない責任を背負ってしまったオッペンハイマーをキリアン・マーフィーは見事に演じきっていた。
被爆の描写がほとんどないなど作品に対して思うことは色々あったけど、京都は美しいから標的から外そうというジョークや長崎についての言及を欠くなどの意識は当時、そして現代の日本人以外の価値観をリアルに描いているのかも。おそらく制作陣が意図するものとは違い、日本人として泣きたくなるシーンもあったけど、見てよかったと思える作品。科学が戦争の道具に使用される、科学の責任とは何かを考えさせられた。トリニティ実験のシーンをはじめ、音がとにかく印象的。
