糖

オッペンハイマーの糖のネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

オッペンハイマー視点のカラー映像とストローズ視点のモノクロ映像の2軸で物語が進められ、先入見として前者が物語現代、後者が物語過去かと思いきや、それぞれが固有の時間軸をもって進むのでそう単純ではない。が、気をつけて観ればそう理解し難いものでもない。

物語内容として、まずオッペンハイマー博士の来歴とマンハッタン計画をめぐるものがあり、第二にはオッペンハイマー裁判およびストローズ裁判がある。前者において提示された人間関係が後者のパートに影響する構造をとっているので、最終場面にかけて軍人や科学者一人一人の証言を聴くのが楽しい(わずかに冗長だが)。

作中でオッペンハイマー博士と関係する女性はジーンとキティ、共に共産党活動者としての時代を経験した者たちである。
若き娘ジーンには精神病的側面があり、内的活動、形而上の事柄に博士を導く。彼女による「思想」が重要であるとの言葉が決して共産主義への導きではなく言葉そのままの意味として、即ち自らの仕事に対して無意識無批判であってはならないという忠言として機能している点は重要である。この言葉を投げかけられる時点で博士は量子力学的、さらに広く取れば物理学的・数量的世界観のもとで事物を眺めるのでジーンのような仕方で形而上の問題に向き合うことはなかっただろうが、以降の博士の変化に伴って「思想」の重さもまた増してゆく。
一方で妻キティは繰り返し、「戦え」というメッセージを博士に投げかける。裁判において戦うということは、自らの名誉や威信を守ることとイコールである。それは防衛のため、歴史のため、あるいは物理学者としての自らを肯定するための戦いであると同時に、不倫や原爆投下の罪と向き合うための戦いである。自らの正義に向き合い判断を下すのは政府ではなく自分自身であると同時に、ストローズ裁判で証言した過去に関わった人間の支えによるものでもあり、総じて自らの営為が反射して後の評価を形成することになった。
ジーンとの性交渉は直接的に描かれるのに対しキティとの場面は存在しない。キティが博士自身の現実的に向き合うべき問題の象徴としてつねに現前していたということが、これについての解釈を助けるかもしれない。

核爆発が大気にまで拡散し世界を破壊するという物理学的な予測は、核開発や使用が世界中に蔓延し、核兵器を作らずにはいられない世界の到来という形で、イメージとして現実となった。そのあまりにもわかりやすく、あまりにも凄惨な現在を示して閉じられる本作は、たんに安全なところに着地したとも言い切れない。見ごたえのある3時間。
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