Ayumi

オッペンハイマーのAyumiのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5

物語終盤で、オッペンハイマーの功績に泥を塗ろうとしていたのはストローズだったのだと気づいたとき、科学者と政治の距離感の難しさに思いを馳せた。国の命運をかけたプロジェクトを成功させながらも、終わった途端に切り捨てられる科学者たち。なんだか、原発事故やコロナ禍で前面に立ちながらも、反知性的な態度を取る政治家にバカにされ、国民から誹謗中傷を受けた彼らのようではないか。科学者は、政治に関わらないほうが安全なのか。

と思っていたところで、粋なラストシーンに心を奪われた。復讐劇を仕掛けたストローズが足元をすくわれ、オッペンハイマーに対する聴聞会が不正なプロセスによって開かれたことが明らかになる。冒頭のストローズ目線では、アインシュタインとオッペンハイマーの会話が聞こえず、彼は自分の悪口が言われたのだと被害妄想をこじらせるが、ラストシーンで会話の種明かしがされる。

「君は以前、バークレーで私に賞をくれ、お祝いをしてくれた。しかし君たちは、私が自分の始めた理論をもはや理解できなくなってしまったと思っていた。だからあの賞は私のためではなく、君たちのためのものだった。今度は君が君の達成した功績と対峙するときだ。そしていつか、君が十分に罰を受けたころ、人々は君にごちそうを用意し、お祝いのスピーチをし、メダルを与え、すべて許すと背中をたたくだろう。しかし覚えておくんだ。それはどれも君のためのものではない。彼らのためのものなのだ」

アインシュタインは厳しい言葉を交えつつ、オッペンハイマーに科学者の苦悩を伝えたのだった。この「凡人」には「天才」の会話が聞こえない、といった演出がすばらしく、嫉妬に駆られて復讐劇を仕掛けたストローズが未熟者だと印象づける。彼が言った「オッペンハイマーには罪の意識がない」「また同じことを繰り返すのだ」といった文句も、まるで何も知らない人がSNSで垂れ流す言いがかりのように見える。天才は、いつも「もっと重要なこと」を考えているのだった。

オッペンハイマーについて基礎的な知識は持ちつつも、着任から6週間後にオランダ語で講義をするシーンにのけぞった。一方、ケンブリッジで教授のリンゴに青酸カリを注入する精神の不安定さにはギョッとし、また戦後にストローズに「卑しい靴売り」と言ってしまうデリカシーのなさに驚かされた。天才でナルシストで、でも人の気持ちを理解できず、思わぬトラブルに巻き込まれるあたり、それは数奇な運命を辿るのも当然だと思った。

オッペンハイマーはマンハッタン計画に参画したことを後悔し、水爆に反対したと思っていたのだが、それももっと複雑な変節があったのだろうと感じた。最初はドイツ降伏後も「日本がいる」と発言し、また原爆の使用に反対する署名に参加しなかった。だが、投下後の集会で市民が被爆する光景を予想し、少女の皮膚が焼けただれることを目にし、黒焦げの遺体を足元に感じる。トルーマンへの面会で、「自分の手が血塗られたように感じる」と吐露し、「泣き虫科学者だ」と追い出されてしまう。

このオッペンハイマーという人間の複雑さ。彼を取り巻く嫉妬や陰謀、愛や友誼。アインシュタインを始めとした天才たちの会話。どこを切り取っても素晴らしい3時間だった。
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