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オッペンハイマーのバナバナのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
amazon primeの日本語吹替で鑑賞。
本作は情報量が非常に多く、時代もあちこちにいくので、劇場で日本語字幕で観ていたら、全く理解できなかったと思う。

冒頭は1954年の聴聞会から始まる。
当時は、第二次世界大戦後の中国の共産化、ソビエトによるベルリン封鎖、朝鮮戦争などにより、アメリカでは赤狩りの嵐が吹き荒れていた。
作品の舞台は、1954年の聴聞会、1959年の公聴会、またオッペンハイマーの学生時代から1943年のロスアラモス国立研究所時代へと、あちこちへ飛ぶ。

1954年の聴聞会は、オッペンハイマーにロシアのスパイ容疑がかけられ、オッペンハイマーのセキュリティクリアランスを取り上げるかどうかに焦点が当てられたもの。
また1959年の公聴会は、オッペンハイマーの宿敵ストローズが、米国商務長官に相応しいかをかけた公開審査だった。
結局1954年の聴聞会では、オッペンハイマーのロシアのスパイ容疑は断定されなかったが、セキュリティクリアランスは取り上げられて、公職追放の憂き目にあった。
一方、1959年のストローズの公聴会では、1954年のオッペンハイマーへの仕打ちを抗議する証言者達が次々と現れ、ストローズの米国商務長官への道を阻んだ。

このオッペンハイマーを陥れようとする1954年の聴聞会を仕掛けたルイス・ストローズ(wikipediaではストラウス)という人物は何者なのか?
ストローズはAEC(アメリカ原子力委員会)の委員長である。
彼の両親はドイツ、オーストリアからのユダヤ人移民で、稼業の靴のセールスを経て投資銀行で働いて富を稼ぎ、第二次世界大戦中は海軍予備役士官となって、兵器局や軍需品の生産の功績で少将となり、戦後はAEC創設コミッショナーまで成り上がった人物。
ユダヤ移民だけあって、結局成し遂げられなかったが、戦争中はナチス・ドイツからの難民をより多く受け入れるために、アメリカの政策を変更しようと何度か試みた、という良い面もあるそうだ。
若い頃は大学で物理学を専攻する予定で高校を首席で卒業したものの、高3の時に腸チフスにかかり、また世界恐慌で傾いた稼業の靴屋を手伝うために進学せずに働いたので、大学の奨学金を受ける権利がなくなってしまった。
ということで、結局その後も大学に行けず仕舞だったのかは不明だが、努力して最終的にアメリカ原子力委員会委員長の地位に就いた苦労人とのこと。

一方のオッペンハイマーは若かりし頃、実の弟がアメリカの共産党員に入っていたこともあり、オッペンハイマーは共産党員にはならなかったものの、出入りしていて交流があり、そこで知り合った共産党員の彼女ジーン・タトロックを心の底でずっと愛していた。
奥さんとの知り合い方も出来ちゃった婚だし、他にも浮気をしていたし、何かと下がゆるい。
ハニートラップは情報を引き出すための初歩的な手口だから、オッペンハイマーはアメリカの国防を賭けた研究をしていた訳だし、これじゃあ諜報部に目をつけられても仕方がないと思った。

1945年5月8日、ドイツが降伏すると、ロスアラモス国立研究所の博士たちも、原爆を完成させる必要があるのかと反対派の方が増えていたが、それらの意見をオッペンハイマーが抑えている。
彼は軍の原爆投下地を決める会議にまで出席していたが、彼の意見が変わったのは、日本の広島・長崎に原爆が落ちた後なのだろう。
私が小学生の頃、土曜日の“人間”の時間に、6フィート運動で買い戻した広島の原爆投下直後の現地の様子を映したフィルムの上映会があり、小1で見せられたが、1945年当時でアメリカ軍はカラーフィルムを使っていたのである(ケネディ家など一般家庭でもカラーフィルムは使われていた)。
きっと軍の報告映像を見て、その生々しい被害の実態に、ようやくオッペンハイマーも責任を痛感したのだろう。

結局のところ、オッペンハイマーが責めあげられて恥ずかしい思いをした聴聞会でセキュリティクリアランスを喪失し、事実上の公職追放処分をされたのは、驚くべきことにアメリカの国防のためではなく、一人の男の嫉妬心からだった…という事なのだが、きっとストローズは
「俺だってストレートに大学に入って物理学をやっていたら、きっと今頃は博士になって、国を救う武器の開発に携わっていた筈なのに。今はお前よりも高い地位に上り詰めたこの俺に、苦労しらずのボンボン博士が無視や出世の邪魔をするなんて。絶対に許さない!」
と思っていたのだろう。
大きな事件って、結局矮小な人間の心で引き起こされるよね、という話でした(内容を読み解くのが非常に難しかった)。

P.S.「なぜに自分を陥れた奴の仲間と(能天気に)握手してんのよ! 信じられないわ!」と怒り捲っていた気の強い嫁キティこと、エミリー・ブラントの仏頂面を久しぶりに見られて嬉しかったです。
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