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イニシェリン島の精霊のmatchypotterのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.8
今年のアカデミー賞『フェイブルマンズ』の対抗馬はコレか。

ロケ地はアイルランドなのかな、ものすごいロケーション。
劇中でも“寒々しい景色”と言われているが、雄大な自然に囲まれた閉鎖的な島での出来事。
自然と言っても木々の温もりとか小鳥の囀りとかではなく、剥き出しの岩岩や吹きざらしの殺風景な浜辺や野原の方。

この風景も、キャラクターも、何もかもが殺風景で何もなくてただただ閉鎖的に過ごしてきたことによる完成されてる空間。

だからこそ、こんな話が、一大事になり、大惨事になる。
始め方も終わり方もわからない不器用で、無機質な大人の摩擦が、閉じてる島で生きている彼らにとっては途方もないアイデンティティを揺るがす騒動に。

毎日毎日することもなくて、仲間とパブ通い。
本当は内戦だかで慌ただしく、その喧騒が海の向こうから見えたり、聞こえたりする。

まさに“対岸の火事”を見るかの如く、我関せずでパブ通いで他愛もない話に花を咲かせて1日を終える。次の日も、またその次の日も。ずっとそれが彼らの日常で、疑いもせず、死ぬまでそれが続くと思っていた。

それが突然、パブ仲間に“絶交”を申し入れられる。
もうお前が嫌いになったから今から俺に話しかけるな、と。お前といることに何の意味もないからこれからは別々の道を行くから俺に構うな、と。

言われるのがコリンファレル。言うのがブレンダングリーソン。

周りはケンカか?と冷やかしの眼差し。酒の席のネタとばかりに野次馬根性。
しかし、言われた側は何で急にそんなことを言い出すのか見当もつかない。

昨日までは一緒に酒を飲んでたのに、いきなり“絶交”。
挙げ句の果てには、今度、俺に話しかけてきたら、自分の指を切る、と。お前が話しかけないか、俺の指がなくなるか、だ、と。

最初は理由もわからず、戸惑いしかなく、パブで2人でおしゃべりすることぐらいしか楽しみがなかったコリンファレル、茫然自失。

問い詰めたいが、そんな話になって迂闊に近づけもしない、、、が、近付いたり。というか、近付いていく他ない。それしかすることないから。

物語が進むにつれて、“絶交”の理由もそれなりに明らかになっていく。
が、明らかになればなるほど、コリンファレル的には認めたくないような彼のアイデンティティにとっては否定的な事態になる。

それが客観的に観てるとめちゃくちゃシュールでフフフとなる。
しかし、彼にとっては一大事。そんな2人の些細な摩擦が島にとっても噂のネタ。

彼にとっても島にとっても大騒ぎ。島の誰もが知る話となりながら、この2人の摩擦がどう決着するのか、しないのか、の話。
一言で言えば、“いい年したおっさん同士の急な思いつきについていけないことから始まる意地の張り合いのマジの喧嘩”。

映画にするほどの話なのかというところを、サーチライト、完全に映画に仕上げる。それがすごい。

そして、くだらない鍔迫り合いとやられたらやり返すの意地の張り合いケンカコメディっぽい方に寄せられなくもないのに、それにせず。そこがすごい。

閉鎖的な島で生きる人にとっては他愛もないことも歯車が1つ狂えば自分のアイデンティティを揺るがす死活問題だという背景と、彼ら2人を含む登場人物の個性的で極端なキャラクター性。

閉鎖的だからこそ内部の特性。
巻き込まれたくないから我関せず中でめちゃくちゃ気になって耳をそばだてて情報を得てそれでナンボの狭いコミュニティという環境。

日本の過疎地でもよく聞くような、少子高齢化、人口減少が生み出す局地的で、社会的な風刺っぽいテーマ。

だから、笑えるけど、笑えない、みたいな。
実際、映画館で観てた他のお客さんもフフフとなってたけど、他人の不幸や事の顛末に爆笑というより、明日は我が身的な苦笑的な。

ほんと、大筋はしょうもないおっさん同士の、「なんでや?これの何が悪いんや!」と「もう、お前、ええねん、どっかいけ」のやり取りなのだが、信じられないほどドラマ性を孕んだ映画だった。

壮大だったり、エンタメ要素に振り切ってたり、人に非ずの力が加わる恐ろしいケンカかと思いきや、そこは終始ベースはおっさんとおっさんの痴話喧嘩だと言うこと、これが何よりスゴい映画。


F:1973
M:4818
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