このレビューはネタバレを含みます
1920年代、アイルランドの離島が舞台。
本土の内戦もどこ吹く風、変わらず平和な日常を送る島民たち。
そこで起こる、ある男と男の仲違いが話の肝となる。
人間関係の問題というのは、人が社会生活を送る上で永遠に付きまとうものだ。
転職理由の上位に常時それがランクインしていることからも伺える。
特に、田舎の閉鎖的コミュニティとなれば、その問題は深刻なものとなる。
たいした娯楽もない。話題といえば他人のゴシップ。偏屈で意地悪な性格の人間ばかり。
その中で死ぬまで退屈な日常を繰り返す。
コルムやシボーンのような知性のある人間ほどその地獄は深く、絶望する。
逆に、パードリックのような素朴だがどこか抜けている、悪く言ってしまえば愚者ほど鈍感で、その地獄に気づかない。
冒頭、一方的に絶縁を言い渡されたパードリックは哀れで、コルムがとんでもない偏屈者に見える。
それが、話が進んで、それぞれがどのような人間か見えてくるにつれて、パードリックが抱えている致命的な問題が浮き彫りになる。
実によくできた構造だったし、それら登場人物を演じている俳優たちの演技力が際立っている。
主要キャストが軒並みアカデミー賞にノミネートされているのも納得である。
それにしても話しかけるたびに指を切り落とすというコルムの行動は極端で、共感できるものではなかったが……
芸術家であることを考えると、文字通り命をかけて人生の最後にやるべきことをやり遂げようとしていた覚悟の表れなのだろう。
また、一連の行動を通じて、パードリックにもっと有意義な生き方について伝えようとしていたようにも見える。
シボーンは賢い女性。それゆえに島での生活は耐え難いものだっただろう。ヒステリックに声を荒げる場面も多かったが、あれだけの陰湿さや野蛮さに日々晒されていてはああなるのも無理はない。
ドミニクは村一番の馬鹿として笑いものだったが、陰湿さとは程遠い人間だった。
落ち込むパードリックに「仲直りできるよ」と声をかけるなど、優しい一面もちゃんとある。愚かなだけなのだ。
そんな愚かな彼がなんとなくコルムの行動の真意を彼なりに「新しい自分になれってことじゃない?」と解釈していた点も印象深い。
コルムを訪ねてきた音大生に意地悪な行動をしたパードリックに幻滅した点も。
愛の告白を受けたシボーンがやんわりと断りながらもどこか嬉しそうだったのは、そんな彼の本質的に善良な面に気づいていたからなのかも。
派手な演出やアクションこそないが、人間模様がどう転んでいくのかだけで100分間目が離せない、なんとも味わい深い作品だった。
ラストを筆頭にいろんな部分で人によって解釈が分かれるであろう良スルメ作という印象!
ロバや犬がかわいいところも個人的に◎。
2023-8