レインウォッチャー

BLUE GIANTのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

BLUE GIANT(2023年製作の映画)
4.0
復刊DrCU(ドラムシネマティックユニバース)⑩

まず原作も踏まえての総論、二時間枠一本の映画化としてこれ以上は望むべくもなかろう、ということを書いておきたい。物語構成の面でも音楽・映像創りの面でも、様々な制限の中で観客を楽しませようとする誠意と情熱ある工夫が凝らされた最良・最優の結果がここにある。(※1)

その上で気づくのは、今作は《音楽映画》である以上に《スポ根》に近いということである。
スポーツにおけるチームをぎゅぎゅっと圧縮した最小単位としてトリオ編成のバンドがあって、彼らの友情・努力・勝利が描かれる。キャラクターの役割分担もとてもわかりやすく、スポ根的マナーに則っている。

・天才:宮本大(サックス)
・秀才:沢辺雪祈(ピアノ)
・凡才:玉田俊二(ドラムス)
という感じだ。MECEすぎる。

主人公は大なのだけれど、その前哨パートとなる高校生編は回想レベルにまで切り詰められ、劇中のドラマの比重としては雪祈と玉田にかなり寄っている。これは英断という他ないと思う。
大は英雄的天才であるが故にいわば「ネジが外れた人」でもある(※2)ため、大部分の観客が感情移入するとしたら残り2人のほうだからだ。彼らはそれぞれ秀才/凡才ならではの悩み・哀しみ・人としての不完全さ…を抱えていて、そこが音楽に限らず何かの天才になれなかった多くの人(わたし含め)にぶっ刺さる。そんなわたしたちの分身たる彼らが、願いや夢の象徴的存在といえる大を支えて送り出そうとする流れはシンプルかつ美しい。

これがスポ根だとするならば、ライヴシーンは試合。上で友情・努力・勝利と書いたけれど、音楽の世界で勝利って何?といえばそこも明確に設定されていて、「10代のうちに名門So Blueの壇上に立つ」という目標である。彼らは伝統、要するにオトナを敵に回して戦うのだ。これは、戦うフィールドが《ジャズ》である、という点にスポ根との親和性がある。

ともすれば「なんかバーとかで流れるシャレオツなやつ」というイメージを持たれがちな音楽・ジャズだけれど、実はこんなに体育会系な音楽も他にない。残存し続けるピラミッド型ヒエラルキー文化、伝統(スタンダード)の履修が超大前提、自由に見えて理論と技術が重視される現場…あ、あとリスナー(=サポーター)のめんどくささ(偏見)。

このへんは、雪祈の「ロックと違ってずっと同じメンツでやり続けるもんじゃない」みたいな台詞とか、ジャズフェス出演のエピソードなんかからも伝わってくるだろう。何にせよ、ジャズに流れる少し浮世(ビジネス)離れしたクローズドな体育会系文化は、挑戦する若者である主人公たちにとっての大人の抑圧というか青春の障壁に直変換しやすいのだろう。

それ故なのか、実は意外なほど「音楽それ自体」の話は少ない。ジャズに関する蘊蓄とか、音楽(楽器)の習得や作曲の技術的な難しさみたいなものはそこまで深掘りされておらず、言ってしまえば気合と根性と人情で出来ている。

それなのに、これほどまでに「音楽映画を観た!」と思えるのは、感情移入の動線がしっかりしているからに他ならない。
彼らが本気の音を繰り出すとき、過去の記憶(思い出、苦労)が映像になって浮かび上がる。自分の魂をぶつけるということを直球で絵にしたような表現(かつダイジェスト的機能も果たしているわけだけれど)に、彼らのキャラクターに対する共感と音楽は乖離することなく印象に焼き付けられる。

もちろん、上原ひろみ率いるプレイヤー陣が紙面から具現化した音楽も、それに命を吹き込む踊るサイケデリックともいえる映像表現も、今作のエモーショナルな部分を燃やす大きな魅力だ。しかし、ロジックの面でもちゃんと一貫した取捨選択で構造がデザインされている基礎力あってのことだと思う。
このエモーションとロジックが両立してせめぎ合う感じって、まさに《ジャズしてる》んじゃあないだろうか。

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ドラムの話を書くの忘れてた。
上で玉田は凡才担当、と書いたものの、リアルに言えば始めて一年であれだけ叩けるなら十分天才だべと呼びたいんだぜ。もちろんメンバーがバケモンだからってのもあるんだろうけれど(速い人と走ると速くなる理論)。

序盤と終盤で二度演奏されるオリジナル楽曲『FIRST NOTE』、序盤バージョンは拍を刻むのが精一杯くらいのところから(※3)、終盤では難しい奇数拍子でアクセントを自在に操って《波》を起こしている。ジャズというよりはロック的であるものの(※4)ドラムソロまでできるようになって、あたしゃもう前が滲んで見えませんよ…

ドラムは車、と雪祈が言っていたように、小手先の難しいことができるようになっても常にどこかで自分のテンポが合っているか、メンバーに無理させていないか、そんな基本的なところをドラマーは気にしているもの。ステージの外から自分の音を聴くことも難しいポジションだというのもある。
だから玉田の焦燥は楽器歴とか関係なくドラマーには常にあるものとして倍に理解できるし、だからこそ「君のドラムは良くなっている」、あんなに嬉しい言葉はないのです。

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※1:とりあえず同じ音楽/ジャズを扱った映画として見たとき、某…ええとなんでしたっけ、タイトルをどうしても思い出せないんですけれど、『雪隠』でしたっけ?の1兆倍くらい素敵な映画だと思います。おもいまぁす。

※2:もちろん大は超絶努力の人でもあるわけだけれど、そもそも自分の使命に向かって迷わず一心不乱に努力できること自体が巨大な《才能》だ。このことは、劇中でも繰り返し描かれている。ONE PIECEのルフィとかもそうだよnya.

※3:ていうか「ちょうど下手なプレイ」を再現する石若駿がエグい。

※4:この出来過ぎない匙加減も絶妙な石若駿が結局エグい。