手に汗握らなければ、映像によって語られることもない。質の悪いあらすじを音声で聞いただけ。
キャメラにだけ与えられる客観性。調書係の完璧な調書も主観である。カスパーの世界認識は教育という権力が働かず神を信じない。
見世物小屋のような映画。物語パートのぎこちなさに、ミュージカルのアトラクション性が感じられる。水中バレエは人の動きよりも、水を見てしまう。
現実の痕跡として、インデックスとして小川紗良の言葉は残る。一方、南美櫻は心霊写真の幽霊のごとき、映り、イコン性を発揮する。映画の二重性がここにも出る。
監督のインタビューにあるように二つの世界を描くこ>>続きを読む
市井の人々の生活を丁寧に描く。灯台は隔離され、外部の出来事は抽象化される。
完全に中立な目線は幻想であり、映像は政治性を免れない。しかし、メディアを通してしか見れなかった対象の向こう側にカメラは侵入する。すると、対象の輪郭が明瞭になるだけでなく、その延長線上に、過去もしくは現>>続きを読む