ケーティー

東京エレベーターガールのケーティーのレビュー・感想・評価

東京エレベーターガール(1992年製作のドラマ)
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プラトニックな不倫を描いた作品


主人公の気持ちを代弁するように、いつも都合よく妹から手紙が来たり、立ち聞きが多かったり、色々とツッコミどころもある。しかし、一線を越えないプラトニックな不倫を丁寧に描いており、そこがいい。

本作で登場人物が、本気だから手を出せなかったんでしょ、そのほうがたちが悪いじゃないと言うのに同感。ただ、プラトニックだと、ドラマやシーンが描きにくいのだが、そこを職場での変化や同世代の男性社員との交流や友達それぞれの恋愛と主人公との比較・共通点などを描写し、うまく描いていく。

それにしても、1992年のドラマ。携帯電話がないと色々できるんだなと改めて思う。ラストのオチも、今なら携帯があるから成立しない。携帯が登場してからラブストーリーは難しくなったというが、どこに向かっていくのだろうか。どうしても手がない分、昔のドラマの劣化になりやすいリスクがある。まだ観てないが、今上映している「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」のように、携帯があるからこその困難とラブストーリーをうまく絡めたドラマがまだそこまで多くはない気もするので、そこはこれからのドラマのポイントになるのかもしれない。

話を本作に戻すと、1992年放送なので、バブルはもう終わっている。登場人物たちの服装や飲みの様子にその余韻は感じられるが、必ずしも生活が派手ではない。そのどことなく漂うさみしさが、多摩の百貨店という高度成長バブルが生んだ産物ともリンクしてなんとも言えない味わいを出している。その時代の雰囲気をおさめたこともこのドラマの特徴の1つだろう。