Jun潤

メタモルフォーゼの縁側のJun潤のレビュー・感想・評価

メタモルフォーゼの縁側(2022年製作の映画)
3.9
2022.06.29

芦田愛菜主演作品。
最近の出演作品は見ていませんがやはり『mother』『マルモのおきて』の衝撃は未だ忘れられないのに、現在のバラエティに出ている姿はもう大人の女性の風格。
そんな彼女が主演かつ岡田惠和脚本、少女と老婆の青春がクロスする作品とくれば観ないわけにはいきません。

2年前に夫に先立たれた雪は、三回忌法要の帰りに暑さから本屋に立ち寄る。
料理の本を探す雪だったが売り場が変わっており、かつて料理の本があった場所は漫画コーナーになっていた。
そのうちの一冊の表紙の絵に目を奪われ購入を決め、高校生のうららがいるレジで購入する。
その夜、買った漫画を読んでみると中身は男子高校生同士のボーイズラブだった。
中身に困惑すると共に、今まで忘れていた高揚感が湧き出し、夢中になってしまう。
続きを求めて2巻、3巻と購入するうちに、同じくBL作品にハマっているうららと交流するようになる。
やがて雪の家で一緒にBL作品を読んで語り合う、不思議な青春の時間が始まる。
その先には、うららの夢への第一歩、思いもよらない出会い、そして悲しい別れが待っていたー。

う〜ん、これはいい!
58歳差の友情という設定を出オチにせず、しっかりと2人の関係を深掘りさせ、その後の行く末までを描き切った良き作品。
会話劇を得意とする岡田惠和脚本というのも相まって、悪者や嫌な人の登場しない優しい世界。

奇しくも同時期公開で高齢者を扱った作品の『PLAN 75』と比べると、あちらが“闇”の作品とするならばこちらは“光”の作品。
設定や演技、人の好みによって差はあれど、個人的には受け取る熱量は同じでも真逆の印象を与えて来ました。
やはり超高齢化社会に突入している現代の日本にとって、待ち受けているかもしれない暗い未来だけでなく、その中にも希望や優しさはあるのだということを、同じ映画でもって伝えに来てくれるのはとても嬉しいことですね。
画面の陰影や光彩の出し方なんかも、偶然だとは思いますがくっきり分別されていて、こういうのが時々あるから映画はやめられない。

まずは一応年齢が近いうららの方から。
こちらは第一に同じオタクとしてはめちゃめちゃわかる場面ばかりだったんですよねぇ〜
自分が好きなものの話になった途端口調に熱がこもって早口になってしまうところとか、自分だけの世界だと思っていたものが周囲に流行り出した途端冷めた目で見てしまうところとか。
わかりみが深すぎて草ですよ。
しかし「好き」という気持ちが人に与える影響というものも大小様々。
鬱屈した日常の中で生きる希望にもなり、未来へ向かう指標となったり、一生の仕事に転じたり。
特に自分の「好き」を他人と共有できること、自分の「好き」が周囲に伝播していくこと、どちらも嬉しいし、楽しいことだと、個人的には思います。

次に雪の方。
こちらはやはり上述の通り『PLAN 75』との差が顕著に現れていて、広い家に1人遺され、書道教室を切り盛りしながら、ノルウェーで暮らしている娘との同居に頭を悩ませる日々。
結末に差はあれど、『PLAN 75』を観ていなくても、現代の高齢者の現実を今作では画面やキャラクターが明るくても高齢者たちがそれぞれの内に影を落としているのは今作だけでも明らかでしょう。
しかしその中で生きがいを見つけ、忘れていた情熱を思い出す。
オタクや腐女子になるのに年齢は関係ないのですね。
そして同じ漫画が好きな少女と出会い、年齢と経験に裏付けられたアドバイスでうららに救いを与えていく雪。
彼女に悲しい結末など待っているはずもなく、心残りだった家のことも“友達”たちに任せて、“推し”と同じ柄のワンピースで撮った証明写真のパスポートと共に娘の元へ。
おそらく、序盤で雪が来ていた真っ黒のワンピースとも対比されていたのでしょうね。

演技についてはもう芦田愛菜と宮本信子がお強すぎ。
愛菜ちゃんは、いえ、愛菜さんと呼びたくなるほどの女優然とした演技は、大人の風格を持ちながらも、夢や人間関係に悩み、オタク腐女子全開な芋ったい姿や、現役なので当たり前ですが違和感のない制服姿など、キャラクターとキャストが非常にマッチした魅力的な姿を今作では見せてくれました。
宮本信子も、『PLAN 75』の倍賞千恵子同様にとても落ち着きがある聴き心地の良い声をしていて、出てくる言葉は正反対ながら、作中のキャラクターのものだけではない、キャスト自身の人生の厚みを感じさせる演技でした。

おや、なんだかどこからかカレーの匂いが…。
Jun潤

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