耶馬英彦

ヘルドッグスの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ヘルドッグス(2022年製作の映画)
4.0
 基本的に人間は強欲だが、大抵は理性で抑制している。身の程を知るという心の働きで、手の届かないものは最初から欲しがらないところもある。若者の自動車離れの本当の理由はそこにあると思う。
 しかし収入が大幅に増加すると、もっといい環境に住みたくなる。広くて清潔でおしゃれな家だ。車庫もついている。すると欲しくなかった筈の自動車が欲しくなる。家族で賑やかに暮らしたくなりもする。配偶者を求め、子供を作る。産めよ増えよのパラノドライブだ。収入が大幅に増えなくても、今後の収入が高止まりで安定して、しかも定期昇給があるなら、同じことである。
 戦後のベビーブームは避妊具の不足が招いた。アフリカの人口爆発も同じだ。インドネシアやフィリピンでも、避妊具の不足のせいで、コロナ禍の状況で期せずしてベビーブームが起きている。しかしコンドームをはじめとする避妊具が行き渡ると、家族計画という名のもとに、出産をコントロールするようになる。ベビーブームの後には少子化が始まり、出生率は2.0を下回った。それでも高度成長期には出生率が2.0を超えている。それは今後の収入が見込めたからだ。
 要するに、少子化が起きるのは、人々が貧しいからであり、貧しさを自覚しているからである。人間は環境適応能力が高い。つまり身の程を知る能力も高い訳で、将来の収入に不安があれば、子供を作ったりしないのだ。若者を豊かにするか、将来の収入の安定を図るか、子育て費用を極端に安価にするかしなければ、少子化の流れが止まることはない。僅かな金額の子供手当を配っても何の意味もないのだ。政府の少子化対策は根本から間違っている。

 それはともかく、収入が増えるほど、人間は本来の強欲という本性を現わす。際限のない欲望だ。より大きな家、より高級な自動車、宝石、腕時計など、物欲はどこまでいってもゴールがない。食欲は微小に変化し、高級食材、高級酒を求める。性欲も変化して、セックスの快感を増すために麻薬を使う。いわゆる「キメセク」だ。
 そこでヤクザの登場である。犯罪組織だが、強盗みたいな危ない橋を渡るのではなく、非合法でも需要のある商売をする。非合法なだけに利益は莫大だ。覚醒剤、密猟、賭博など、主なヤクザのシノギが成り立つのは、それらを求める金持ちの堅気がいるからである。貧乏人は宝石や象牙や覚醒剤よりも今日と明日の食糧を求める。腐っているのはどこまでも金を持っている人間たちである。魚は頭から腐るのだ。

 そんな状況を踏まえて本作品を観ると、岡田准一の演じる主人公兼高の立ち位置は頗る微妙だ。敵国で活動する現場工作員みたいに、片時も気を抜けない。並みのメンタリティでは一日たりとも過ごせない極限状況にもかかわらず、兼高はリラックスして平常心でいる。平常心だからこそ瞬時に状況を判断して電光石火の技を繰り出せるのだろう。そういう場面がいくつかあり、大変見応えがあった。

 深町秋生原作の映画は役所広司が主演した「渇き」に続いて2作目だ。どちらも、人間の不寛容が暴力という形で出現するシーンが数多い映画である。本作品では不寛容に加えてヤクザ同士の権力闘争と警察トップの悪辣な思惑が絡む。ヤクザも腐っているが、警察のトップも腐っている。腐った組織の末端である警官も、基本的な姿勢は保身だ。二言目には「警察官は民事に介入できません」と言い訳して面倒なことから逃げる。保身だけの警官は、市民を守れない。

 原田眞人監督の作品を観たのは「駆込み女と駆出し男」「日本のいちばん長い日」「燃えよ剣」に続いて4作目だが、どの作品にも独特の世界観と厚みがある。本作品は俳優陣がいずれも好演で、観終わった後にズシッとくる重さがあった。
耶馬英彦

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