悠

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの悠のレビュー・感想・評価

5.0
度々話題に上がるので気になるな……と、ド派手でポップなアクションものを軽く楽しむくらいの気持ちで観に行った。
“とんでもなく馬鹿らしいことをするほど強くなる”という設定をコメディとして楽しむのかと思いきや、“争うこととはこんなにもファニーで馬鹿らしいのだ”と思わせる今の世ならではの傑作がそこにあった。
宇宙規模の壮大な課題を突きつけるとともに、人生における膨大な選択から分岐した世界線で、“家族”という小さなコミュニティでのすれ違いや葛藤を多くの人に共感させる。
パラレルワールドという異次元な設定を使っているくせにそれらの問題はとても現代的で、何か強大な悪意ではなく“疲れた”とただその一言がぽつりと出てくる。その一言が異次元な設定など全部忘れさせ、抱えてきた痛みを見せてくれる。
とある人物が“NO WAR!!”と叫ぶところから、主人公の戦い方が武器を手放すことへ変わっていく。その流れは愛に溢れ、世界中がこうであれと願ってしまう。
字幕では「争ったら駄目だ!」というような訳だったと思う。日本語的なやり取りとしてはそうなるなあとは思いつつ、「NO WAR!!(戦争はやめろ!)」という叫びこそがこの映画の一番の名台詞だと思った。
主人公がカンフーの使い手(=武器を持たない)というのもとてもよかった。
まさに今のこの世界に絶対に必要な映画だと、世界中に伝えたい。


【追記】
物語とは別に、劇中度々流れていたドビュッシーの「月の光」について。
なぜ「月の光」だったのだろう。と気になり調べただけのにわか知識をメモ。
「月の光」は「ベルガマスク組曲」4曲のうちの1曲で当初は「感傷的な散歩道」というタイトルだった。
この曲はフランスの詩人ヴェルレーヌの詩集「艶なる宴」に収録されている「月の光」という詩から着想を得て作曲された。
その詩は、“楽しくも悲しくもある相反した曖昧な世界”を描いている。
ドビュッシーはその世界観を言葉を使わずピアノだけで表現しようと作曲した。
ヴェルレーヌの「艶なる宴」もまたヴァトーという画家の絵から着想を得ている。
そのヴァトーは、“物事の儚さや幸せな時間が永遠には続かない”という暗示を感じられる絵が多いことが特徴とされているらしい。

それらの世界観が意図されているのかはわからないけど、この「月の光」のメロディーは素晴らしく効果的にこの物語にマッチしていた。
悠