皿鉢小鉢てんりしんり

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの皿鉢小鉢てんりしんりのレビュー・感想・評価

3.6
自分の並行世界の可能性から、色んな能力をパクってきて、悪の帝王をやっつける!っていう話らしい、という噂を聞いていて、それはアクションちゃんとしてれば絶対面白い映画になんじゃん、と思ってたわけだが、別にそういうお話でもなかった……
エレベーターで傘をいきなり開くキーホイクァン、室内の密室で傘を指しているという絵面からして、こっから非現実の世界のお話が始まるぜ、とエンジンをかけてくる。そっから畳み掛けるように、ありとあらゆることを次から次へとこなすミシェル・ヨーが、精神も肉体も大忙し、というあたりは中々面白いなぁ、と思って見ていた。
身の回りのどんな下らないものを使ってでも、動ける役者のハードなアクションを見せていく、というエンタメ精神も存分に好感が持てる。ただ小道具にバリエーションはあるけど、空間の使い方にはあまりアイデアは見られなかったかなぁ、と。
でもって、なんかめちゃくちゃ悪い全てのバースに接続している超越存在=娘、を倒して宇宙を救うんじゃ、と言われて盛り上がってきたじゃん、なんて思うと、実は盛り上がらない、というのがなんとも残念。どんな戦いが繰り広げられるのかなぁ、なんて思ってると、いや、やっぱり娘を倒すのは違うんじゃないか、みたいな“葛藤”が描かれ出してしまい、何を目指すお話なのかさっぱりわからなくなってしまうので、エモーションの置き所が全然わからない……
『千年女優』なんかも、ありとあらゆる映画内映画=並行世界を渡り歩くのだけど、芯のところはほんとに単純でただ男追っかけるだけだから、どこに感情を持っていきたいかが明白。
に比べてこっちは、並行世界もとっ散らかってれば、メインの世界線のお話までとっ散らかってて、ちょっと辛いものがある。
その上それぞれの並行世界パートがやたらと段取りっぽいのがテンポが悪い。“自分の世界に生きる希望を見出す”がこの料理人バースだとこういう表現になって、指がソーセージバースだとこういう表現になって、石バースだとこういう表現になって、っていうのをいちいち見せられるんだけど、別にそういう記号を見ることは特に面白い体験ではないしかったるいだけ……
キーホイクァンの、「優しくしろ」っていう説得は感動的だし流石の助演男優賞演技ではあるんだけど、それで「優しくしました」っていうくだりが長いのなんの……でもって“優しくする”は残念ながら、人をぶん殴ったりぶっ殺したりすることよりも遥かに映画的に映えない行為なのでしんどい……ここもっとスマートに見せて上映時間を30分ぐらい削ってくれりゃずっと良くなったと思うのですが……
にしても、夫と結婚してなかったら、自分の人生は大成功していた、というヴィジョンを見てしまったことを夫に教えなきゃ、と言っているミシェル・ヨーには泣きそうになった。そんなことを教えなきゃいけないのはあまりにも残酷すぎる……