耶馬英彦

声/姿なき犯罪者の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

声/姿なき犯罪者(2021年製作の映画)
3.5
 大韓民国はいまでも儒教の国である。本来は忠、孝、仁といった価値観が重んじられる筈だが、それよりも、そこから派生した上下関係が幅を利かせる。組織内の上下関係(忠)は絶対だし、親孝行(孝)は義務だ。上の者の失敗は下の責任にされ、下の者の成功は上の者の手柄になる。日本の暴力団とブラック企業を合わせたような価値観が、社会の底流にあるパラダイムである。女性の地位が軽んじられているのは日本とあまり変わらない。タリバンより少しマシな程度だ。
 そういう背景を踏まえて本作品を観ると、誠実や信義(仁)の価値観は、庶民の間ではまだ生きていることが分かる。警察組織でも下部の警察官たちには仁がある。それが救いだ。

 日本も儒教の影響はあるはずだが、庶民の間に「仁」がなくなってきている印象がある。警察官は保身優先で、市民の安全を守ることよりも警察の威信を守ることに余念がない。一般人が自分の利益を最優先するのはいいとしても、他人の権利を侵害したり人格を蹂躙したりすることに抵抗がなくなっているのも、社会から「仁」がなくなってきていることの証だ。今だけ、カネだけ、自分だけというアベシンゾーの歪んだ価値観が日本全体を歪めてしまった。
 世の中から「仁」が減少したおかげで、世の中の役に立つために努力する人が減ってしまった。それは何を意味するかというと、学力の低下、競争力の低下、協調性の低下、ひいては経済力の低下に直結する。というよりも、小泉純一郎以降の自民党政権によって、既に日本経済は大幅に減速し、後退してしまった。衣食足りて礼節を知る。経済の後退で日本社会から「仁」どころか、礼節まで失われつつあるような気がする。

 本作品では、振り込め詐欺に加担する人間たちが大金に目がくらんで「仁」を喪失してしまった様子が描かれるが、主人公の側の人間にはまだ「仁」が残っていることも同時に描かれる。そのため登場人物の熱量が豊かで、一途に目的に向かって邁進する姿は観ていて爽快だ。
 日本でも大韓民国でも、他人の人権を蹂躙する行為は今後もなくならないだろうが、ある程度以上の熱意で取り締まったり、引っかからないように周知を徹底しなければならない。野放しにすると増える一方になってしまう。それは格差を野放しにするのと同じで、どうも日本の政府には本気で取り締まる意志がないように感じる。本作品を観る限り、まだ大韓民国のほうがマシみたいだ。
耶馬英彦

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