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すずめの戸締まりのRenのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.5
想像の2倍は直球のロードムービーであり、想像の5倍は件の震災を描いていた。新海誠最高傑作ではないと思うけど、『君の名は。』以降の作品群の中では最もやっていること・起こっていることは分かりやすいエンターテイメントだと思うし、劇場体験として楽しめた。

天災×ボーイミーツガール、という構造はそのままに明らかに前作『天気の子』よりもルールと目的が明確になり大衆が受け取りやすい形になっていた印象。映画的な "縦" のダイナミズムは大画面で映えるし、そこだけ切り取ってもアクションとして面白い。
それまでの新海誠らしさは多分にありつつ、自分の苦手だった性癖的な文脈での作家性は薄まっておりストレスは少なかった。RADWIMPSの歌詞あり劇中歌パートも消滅。
でも守りに入った感は特に無く、イスのアクションなどは見たことのないものを見られた快楽があったし、単純にクセだけを脱臭して間口が広がったような気がした。『天気の子』は結末で賛否を巻き起こしたけれど、そこも万人がキャッチしやすい物語に帰着させていたような印象。

ヒロインが完全な巻き込まれ型キャラクターというのも新海作品では稀。そこから彼女自身の内面の話へ展開していくためにロードムービーの形態が必要だったのは納得。

不満点は、恋愛描写の不十分さ。ロードムービーはその旅路を経て交流が深まっていくのが醍醐味だけど、今回の場合は鈴芽がファーストコンタクトからだいぶ強めに草太に惹かれている(その理由も不明瞭だ)ので段階的なカタルシスも納得度も薄い。正直、二人が旅をするために→強く惹かれている設定にした、と思ってしまった。椅子になった草太を鈴芽が追いかけ続けるのは、彼がイケメンだったからというだけでは?
説明過多な台詞回しも悪い意味で顕在。特にラストで鈴芽が、前々からその文章準備していた?と勘繰ってしまうくらいベラベラ喋る。もっと観客を信頼して、言葉少なにしたほうが素直に感動できた気もする。間口を広げようとしたのはいいけれど、偏差値を下げてはいけないと思う。

地震へのトラウマを刺激してしまう可能性が大いにあるので慎重に選んではほしいけど、自分は希望のお話として後味良く劇場を出られた。新海誠作品が苦手で鑑賞を悩んでいるのなら、「観る」へスイッチを切り替えて劇場へ行くのがベター。

その他、
○ 重要キャラが猫である必然性がめっちゃある。「すばしっこい」「写真撮りたくなる」「どれだけ憎たらしくても人道的/心情的に手を出せない」「気まぐれな動物なので、付き纏うこと自体に絶対に理由があるだろうと思える」「本人(猫)は危害を加えない」。犬とか他の動物ではダメ。
○ 廃墟遊園地でやっていたようなアクションをもっと観たかった。
○ 神戸までは似たような展開が2回続くので、自分は東京〜東北間が最も楽しめた。東京で様子がガラッと変わる。東京で登場人物に変化が起こる(心情の変化とかではなく、登場人物が変わる)。
○『NOPE/ノープ』のジョーダン・ピールといい、みんなエヴァ好きすぎ。
○『竜とそばかすの姫』よりも『美女と野獣』のエッセンスを拾えていたと思う。
○ 現行の日本アニメ界を牽引する若手二人はおそらく細田守と新海誠。絶対にファンに怒られるけど、今作で新海誠は細田守を引き離したと思う(興行収入の話ではなく、お話として)。両者の直近三作品で比較したとき、より面白くてやりたいことが理解できて思想や展開へのストレスが少ない。



《⚠️以下、ネタバレ有り⚠️》










過去作のヒロインと比べても鈴芽の愛は行くところまで行ったように見えた。『天気の子』のように世界を代償に愛を選択するのではなく、鈴芽は自分を代償にしようとしていたのだから。一度世界と想い人の究極の選択を迫るのは新海誠印でありつつ、天秤がどちらに傾くのかが異なる。

『天気の子』が災害を「代償」「受容・共存するもの」とされていたのに対し、今作は明確に異なるアプローチを仕掛けてきた。今作では災害と「向き合う」姿勢が描かれる。
もっと言えば今作は過去作のような君と僕の話のように見せかけて、そこすらも裏切ってきたような印象。『君の名は。』も『天気の子』も、君と僕が時間的・距離的に隔たっていたけれど(今作でも後半はそういう話になるけど)、『すずめの戸締まり』の結末はそうではない。時間的・距離的に隔たっていたのは実は自分と自分だったと明かされた瞬間に、今作の主題が見えてくる。

あれは母親ではなく高校生の鈴芽自身だったというどんでん返し。ドラえもんみたい。
自分自身が自分自身の過去を受け入れて、自分自身を救うための希望の映画。「行ってきます」と言える人も居場所もあるし、「お帰りなさい」が言える人も居場所もあることそのものが、救いであり希望。
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