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リンダはチキンがたべたい!のRenのレビュー・感想・評価

1.5
最悪に近い映画。表面上はドタバタコメディなのかもしれないけど物語を牽引する人物としては描き方に問題がありすぎて、観終えた後も舐めんなよとしか思えなかった。

冒頭からリンダと母親のダメダメなコミュニケーションの連発に疲弊する。もちろん物語としてそういう人たちを出すこと自体は何も悪ではないけど、彼らを応援できないせいでその後のドタバタ劇が全てどうでもいいものになる。せめて痛い目を見ないとトントンにならないのに、なんとなく丸く収まるから彼ら自身が反省も成長も無くそのまま以前と同じように社会に解き放たれる。

母親は若年結婚だったのではないだろうか。父親が亡くなり、シングルマザーとして多忙を極めた結果 政治的な思想や一般的な倫理観を持たぬままある程度の年齢になってしまった母親と彼女の元で育った娘。そう思うと、誰が悪いとかの話ではないようにも思えてくる。
が、やはりれっきとした犯罪を犯していることは事実であるので、そこへの贖罪をした上で彼らが人間として成長するのが最低限の物語としての責任だと思う。でもそれすらなく、彼らは何の代償も無しにハッピーエンド(らしきもの)を手にできる。10分の短編ならドタバタだけで楽しませる手もあるが、仮にも長編映画でこの匙の投げ方はあまりに不誠実としか言えない。

市井の人々によるデモが激化する中、今作のドタバタの中心にいるのはそのデモに参加していない大人たちだ。国や政治に興味は無いが今日のチキンには興味津々の大人たち。お菓子を配ればそれに夢中になる子どもたちと一緒じゃん。社会と十分に接続していなさそうな未熟な大人が、同じく未熟な子どもと同列になって美味しい料理のために血眼になる愚かで滑稽な喜劇。

作中でまともに彼らの暴走を止めようとするのがリンダの叔母だが、彼女は彼らによって言動をセーブされ、最終的にはしょうもないノンポリ市民たちの薄っぺらい大団円に巻き込まれる。作劇のテキトーさに怒りすら覚えた。新しい地獄が生み出されただけだろ。
(叔母もまたデモには参加していないので前段の論に重ねるとややこしいのだが...。彼女のヨガ教室?はおそらく自営業で、「決まった顧客としか顔を合わせない=彼女自身もどちらかと言えば世界は閉じている=彼女の良識もまたそこまで社会全体に目を向けたものではない」のかな。登場人物みんな狭い世界に生きているのか?)

その部分への批判性を描けないのにこのテーマを持ってきた意図もよく分からないが、明らかに歪な物語ではあるのに、「面白くてほっこりした」とコピペで褒める評が後を経たない状況も怖い。映画の感想なんて、世論に乗っかってそれっぽいことを書けばいいという観客のノンポリ仕草が滲み出ている。『湯を沸かすほどの熱い愛』を「感動の号泣映画」として観た人は「感動した、泣けた」と書くことが正解だと思ってそういう感想をこさえる。地獄すぎる。もっと怒りが湧き起こって然るべき映画だと思う。

リンダが見るものはカラフルに色付いているからこそ、彼女が見ることができない夜の闇や生まれる前の記憶など「黒」の怖さが浮き出てくる。独特の色使いには様々な効果があると思うが、これくらい抽象化しないと本当に観るに耐えなかっただろうなと一番に思ってしまった。
リンダ、これから先はあなたに見えるもの=目の前の事象・願望以外のものにも色が付いて見えるといいね。

その他、
○ アウシュビッツ収容所の隣で暮らす幸せな家族を描いた『関心領域』がめちゃくちゃ楽しみなのだけど、デモが激化する町を尻目に狭い団地の中でやれチキンだなんだと盛り上がる今作もその類の怖さがあるのでは。
○ 安藤サクラの吹き替え、表情と動きが見えないだけの普段の演技で良かった。呆れたときや怒った時の無駄に声を張っていない感じ、所謂声優演技とは少し違う。
○ ミュージカルパートが必要とは思わなかったかな....。
○ トラックと自転車のチェイスシーン、やけに疾走感のある作画が◎。
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