Kuuta

すずめの戸締まりのKuutaのネタバレレビュー・内容・結末

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

お馴染みの時空のずれ、記憶の不一致テーマを、被災者と非当事者の認識の違いに落とし込んでいる。非当事者と当事者は相容れない。新海誠の絵は、当然に観客を傷つける。その断絶を描いている。

アメノウズメでミュージカル、パンチラとか始まったらどうしようと心配していたがちゃんとしていた。

▽総評
すずめ>天気の子>君の名は。という評価です。MV演出やモノローグは消え、「天気の子」で表層をなぞるばかりだった現代風刺も整理された。サプライズや音楽に頼らないロードムービー。

東宝の娯楽映画の継承という側面もある。負の記憶が消えかけると怪獣が出てくる設定、馴染み深い感触があった。すずめ達が走る奥でミミズと左大臣が戦う構図は、特撮怪獣映画のそれだった。

(災害を人の手で回避可能なものとして描くな、との指摘もあるが、ゴジラが急に来て急に帰るように、今作のミミズも究極的には手に負えない、消し去れない存在というバランスになってはいると思う)

▽不満点ざっくり
とはいえ満点の傑作ではない。

・亡き母に見えた白い服、追い求める空白として草太は位置付けられているが、恋愛要素を入れたせいで母と草太と重ねづらく、すずめの動機がボヤけている(「竜とそばかすの姫」で主人公が竜に惹かれる理由がよくわからない問題に近い)。

主役を男女に差し替えたのが原因だろう。すずめと環が一緒にいる場面にもっと時間を割くべきだったのではないか。

・モノローグは減ったが相変わらず感情は口に出し過ぎている。「何なの〜?」「どうすればいいの〜?」「嘘でしょ〜?」

・ダイジンのネタバラシを台詞で済ませるのが決定的に上手くない。見ている側の感情の整理がつかないまま、すずめだけ納得して常世に突入し、彼が封印される流れになってしまう。

・新海誠本にはがっかり。このテーマで絶対に失敗できないという意識が表れているのだろうが…。もうちょっと観客を信頼して欲しかった。

▽3.11である理由
過去2作とは災害の位置付けが決定的に異なる。

「君の名は。」では、災害の記憶は途切れている。最後には災害自体が無かったことにされる。死者が蘇り男女が結ばれる
→フィクションを盛り上げる推進剤に震災を利用しているとの批判

「天気の子」では批判への回答として、主人公が災害のある世界を選び、悲劇の中で生きていく。悲惨な現実に対峙しうる、歪んだ物語を提示

→災害は、フィクションを現実に着地させるためのトリガー。ただ、帆高が起こす災害を地震にすると生々しすぎるので、代わりに、現実味はあるが明日には起こり得ない災害として「東京が沈む豪雨」を採用

「すずめの戸締まり」は天気の子の後の世界とも言える、ポストアポカリプスもの。

過去2作とは異なり、災害が既に起きてしまい、死と隣り合わせで暮らす世界観、つまり現実と地続きのテーマを扱っている。だから、アニメと現実を繋ぐため、実際に起きた震災は強力な楔として機能する。

今作で死者は蘇らない。母親と会話もできない。記憶とともに死を受け入れ、自分のアイデンティティを取り戻すだけ。記憶の回復が死の超克と結びついていた「君の名は。」とは正反対だ。

同じ悲劇を繰り返しながら、確実に廃墟と化していく日本。親子の大事な会話すら忘れる我々に、思い出は残らない。そんな現実を受け入れるよう、草太と彼の祖父には「忘れろ」と念押しされる。

しかし、すずめはそれに抗って旅を続ける。誰かの命を助けるのではなく、自らの希死念慮を振り払う。自分で自分を救うだけのミニマルな展開が、過去2作と比べて私にはしっくり来た(要はセカイ系が苦手なだけかも)。

▽非当事者の責任
原発の風景を「綺麗」と言わせたシーン。美しく、インスタントな背景絵は、場所の記憶がないから楽しめる。今までの作品に対する自己批判だ。

直接被災したすずめ/妹を失った環/無関係な芹澤という三つのレイヤー。母と娘、間にいる環。神と人間、間にいる草太…。世界(観客)の多義性を知りながら、景色を美しく、或いは真っ黒に塗りつぶす責任を引き受ける。ページをめくり、絵の連なり(アニメ)が別の世界に繋がる可能性を示す。

非当事者が立ち入れない領域には「闇深ぇー」と距離を置き、時に無神経な発言で傷つけながらも、ポップスと共に当事者の側に居ようとする。重い話をしているのにいつものノリでタバコを吸う芹澤を、環は咎めない。難しいバランスだが、意図したものは描けているのではないか。

▽その他いろいろ
・前半はオープンワールドゲームのように感じた。新たなエリアで高所に登り、クリアすれば、その地域一帯が浄化され、過去の風景が蘇る。この繰り返しが普通に楽しかった。

・東京までは生者の世界、シャワーで身を清めて死者の世界へ。近い印象を持ったのは「寝ても覚めても」と「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」。

・東宝とは3作の契約だったらしい。新しいテーマに臨むか、これからも震災を扱うかは分からないが、いずれにせよ作家としてのステップは、今作で確実に上がったように思う。
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