滝井椎野

すずめの戸締まりの滝井椎野のレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.4
『すずめの戸締まり』のタイトルの通り、すずめが家を出て「行ってきます」を言えるようになるまでを描く傑作ロードムービー。
観れば前を向ける作品……というよりは前を向くために観る作品。少なくとも、私としてはすずめの自身の過去に向き合い前に進もうとする姿や、旅を通して出会った人々の善意に希望を抱けた。

本作の評判等を聞いていると、やはり3.11の残した傷跡は未だ根深く、どれだけの人が今でも悲しみを抱えているのか想像もできない。
正直なところ、大きな被害を受けなかった自分が上記のような感想を持つのは無責任なのかもしれない。それでもあのときテレビでみた惨状と日本中のどうにもならない絶望感や悲しみを忘れられない身としては、なかなか辛い場面も多かったが、それ以上に本作に救いを感じることができた。
最後の決戦、命は仮初め、死は常に隣りにあるものと解ってはいるが、少しの時間でも生き永らえたい……という草太の願いに監督の考えが強く感じられて、涙腺が緩んでしまった。
初めこそ「死ぬのは怖くない」と生に対してどこか投げやりだったすずめが、最後には「死ぬのが怖い」と言えるようになった。それが嬉しく、愛おしく感じられた。

個人的に嬉しかったのが、すずめを取り巻く人々の頼もしさ。
「大事なことをしてるような気がする」と、深い事情は聞かずに応援し、助けてくれる千果。雨の中すずめを見捨てず、夜中に飛び出し心配をかけたことをしっかり叱ってくれるスナックのルミ。素直じゃないながらも草太を心配し、流されながらも文句も言わず車を出し、気まずい雰囲気のすずめと環を気遣う芹沢。極めつけは、最初から最後まですずめを心配し遠い地から追いかけ、最後は自ら自転車を漕ぎ目的地へと送り届ける環。
何と比べる訳では無いが、大人がしっかりと子供を守り導く役目を果たしているのが大変好ましい。

どうしても物語の構成上、後半出番が減ってしまった草太のキャラが弱く感じられてしまったり、最後のダイジンがもう少し救われてほしかったり……気になる点はあるにはあるが、総じて良い作品だった。
最初と最後が繋がる、物語の構成も見事。
悲劇を無かったことにーーという願いを感じた『君の名は』と比べ、本作は悲劇を乗り越えていこうーーという強い想いを感じ、胸が熱くなった。
滝井椎野

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