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ある夜、彼女は明け方を想うのnetfilmsのレビュー・感想・評価

2.9
 たかだか20代半ばくらいで、人生の勝ち組などと声高に言う上っ面だけ並べ立てる幹事の言葉に心底嫌気が差したあまりにも善良な2人は、明大前の夜の街に自然と吸い込まれて行くのだが、それは2人にとって起きてはならない皮肉な運命だったかもしれない。SNSだと心がこもらないとか色々と言われるが、あの16文字のキラー・ワードは既に、1度別の場所で別の人間に繰り出されていたこともわかり、この女、案外やり手だなと思ったのだけど、僕の心理描写を繰り返した『明け方の若者たち』とは打って変わり、今作ではあまり背景や心理描写の見えなかった彼女が僕にアプローチするに至る流れが克明に綴られていくのだけど、非常に言い方は悪いが彼女の「釈明」にしか聞こえず、はっきり言って蛇足だなと言う感慨しか浮かばない。『明け方の若者たち』で一番引っ掛かったのは、突然僕の前から消えた彼女に対し言った「スキでいてくれた?」の言葉に対し、ほとんど躊躇なく心を込めて言ったように聞こえた「すごく好きだったよ」で、北村匠海の狼狽したような酷く落ち込んだ瞳が一際印象に残った。僕の言葉に被せるように発した僕を落ち着かせるための言葉が存外に堪えたのだが、彼女はどうしてこの段階になっても平気でそんな言葉を言えたのだろうか?

 学生結婚の成れの果てで一度は運命だと信じた人と幸せに結ばれつつも、彼が遠くに行ってしまった間に他の男をたぶらかした彼女の行動に対し、情状酌量の余地はない。実は『明け方の若者たち』では2人がそうなってしまった責任は50/50だと思ったのだが、今作を観てその考えを改めざるを得ない。もし旦那が疑惑に気付き、裁判所に訴えたとすれば間違いなく2人の行動は重罪で、加害男性である僕が被害者に払う慰謝料も端た金では済まされない。僕にそういう意図があったのかどうかは兎も角としても、婚姻関係を結んだ人間を一方的に傷付けたわけだから、僕は旦那さんに対し、然るべき慰謝料を払い罪を償わねばならない。例えそれが純愛であろうが運命の恋であろうが、プレイボーイであろうが純朴な青年であろうが、とりあえず日本の民事では2人がやったことは断じて許されないのだ。キリンジの『エイリアンズ』を聴いて朝方に盛り上がったことも、時折粗暴さが垣間見える旦那に知れたらどうなるかわかったものじゃない。2人の恋愛は2人の中では一生忘れられない夢のような時間でも、社会的・道義的責任は2人に同じだけ生じる。それは結婚するよりも離婚する方が遥かにエネルギーを使うこの国の法律にも明らかだろう。恋愛は自由だが、不倫には絶対的に社会的な制裁が伴う。今作の最後には運命の悪戯的なロマンチックな描写によるすれ違いがあるが、現実は映画の様にならず、ただただほろ苦いだけだ。

 それでも僕はこの愛に傷つき、確かに存在した愛を嘆くのだけど、十数年後に振り返ればあの日あの時あの人との関係が切れて心から良かったと思うだろう。どんなに良い子でも、どんなに美人でも、沼女から足抜け出来て心から良かったねと。人は嵐の只中にいる時は自分の状態がわからないのだけど、いつか冷静にあの頃の自分を俯瞰で見つめられる時が来るものだ。今作は『明け方の若者たち』で描けなかった彼女の物語だけど、本来ならば『明け方の若者たち』の中に詰め込むのが監督の力量であり、一方的な彼女の弁明だけの映画ほど観ていて辛いものはない。
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