KnightsofOdessa

A Piece of Sky(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

A Piece of Sky(原題)(2022年製作の映画)
4.0
[スイス、変質していく男と支え続ける女] 80点

傑作。2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。スイスの山村にて、マルコはアロイスの農場で働いている。彼は低地出身で、村人は部外者の彼を値踏みするように見ているが、寡黙で働き者のマルコはすぐに地元に馴染む。一方、アンナは小学校低学年くらいの娘ジュリアを育てるシングルマザーで、配達員やバーテンダーなどの仕事を掛け持ちして生活していた。二人は愛し合っていた。マルコはジュリアの良い父親でもあった。しかし結婚直後、マルコに悪性の脳腫瘍が発覚し、手術は成功するが明らかに変質してしまっていた。手術前は寡黙な性格から、手術後は無気力からほぼ自発的に言葉を発さないマルコに代わって、物語を牽引するのはアンナである。しかし、彼女もまた感情を表に出さないために、映画はひたすら淡々と進んでいく。淡々としすぎるあまり、重要な瞬間すらスパスパと飛び越えていく。そのため、ゆったりとした時間が流れるのに、物語自体は爆速で進んでいく。彼らの感情を(主にアンナの感情を)代弁するのが、彼らの行動であり、それらの合間に挿し込まれた表情豊かな自然風景であり、自然風景の中で彼らの状況を合致するような民謡を歌う合唱団である。

特に本作品で中心にあるのが表情豊かな自然風景である。急峻な山の斜面は、晴れていれば遠くの底まで見渡せるが、一旦霧が掛かれば指すら見えなくなる。オープニングの岩を眺める長回しは、正に晴れていたのに徐々に霧がかかっていくという、先行き不透明な映画そのものを表している。また、山の中腹からケーブルを伝って干草を下ろすシーンがあるのだが、霧が掛かりすぎているため、音だけで接近してきて、かなり近付いたある瞬間に突然霧の中から姿を表すという、幻想的な自然風景の中での人間生活が描かれていた。これらの自然風景そのものはミケランジェロ・フランマルティーノのような静謐さと危うさがあり、とても良い。また、霧以外にも、見える/見えないという不透明さは重要なファクターであり、映る/映らないといったフレーム管理などにも影響している。

魂が抜けたように座るマルコに対して"神様は信じてる?"とジュリアは尋ねる。そして、"私は神じゃなくて太陽とか山とか動物とか雪とかを信じている"と続ける。まるでこの言葉は映画そのものじゃないか。
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