サンタ側のドウェイン・ジョンソンも、悪役の魔女も人間に失望している点では共通している。
そのためジョンソンは引退さえ考えている。
悪い子供はまだ救えるが、悪い大人は救いようがない。
魔女側も同じ思いで、悪い人間を処罰するのが目的。
だったら手を組んでも良いんじゃない??
悪い子供を処罰するという発想は慈悲の心がなく、キリスト教的ではないのかも知れない。
実はサンタクロース伝説には、悪い子を脅す秋田のナマハゲのようなグランプスという存在がいる。
どこの国でも、悪い子を脅して躾ける鬼が居るのだ。
だがそれを悪役にするのは無理がある。
ナマハゲを悪役にして退治できないでしょう?
本作でもグランプスは退治できないので、魔女退治になっている。誤魔化しだね。
「悪い人間を罰する」ではなく、
「子供の夢やサンタクロースを、この世から消す」という悪事を魔女はすべきだろう。
そうでないと、クリス・エヴァンス演じる「何も信じない男」の存在意義が無いからだ。
クリスは何も信じてない癖に驚いてばかりいる・・・信じてるじゃねえか!!
信じない者は、何が起こっても驚かない。
どんな奇跡や不思議が起ころうと、全てインチキ・トリックだと見下して平然としているだろう。
「幻覚剤でも飲ませたのだろう?」と、疑って何も信じないはずだ。
簡単に驚いているから、もはや「信じない男」の役割を失っている。これでは存在意義が無い。
クリスはジョンソンの横で驚くばかりで、主役として成り立っていない。
そこで改案。
何も信じてないからこそ、クリスは平気で裏切るべき。
そうしてジョンソンを振り回さないと、居なくて良い存在になるから。
彼が裏切って魔女側に着くことで、世界中の子供の夢を消してしまう。
幾ら自分が何も信じず夢も信じないからって、子供たちの夢を奪う権利はない。しかも自分の息子の夢さえも・・・
それに気付いた時、初めてクリスは裏切りや信じない事の罪深さに後悔するだろう。
そこを描かなければ、何も信じない男の功罪というものは描けない。
だから、この映画は何も描いていない。