Garikuson

胸騒ぎのGarikusonのネタバレレビュー・内容・結末

胸騒ぎ(2022年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

デンマーク人の夫ビャアン、妻ルイーセ、娘アウネス。彼らはデンマークの富裕層であり、バカンスでイタリアを訪れていた。
そこでオランダ人の夫パトリック、妻カリン、息子アベールの一家と意気投合するビャアン一向。両家族はイタリアで最高の休暇を過ごし、元の生活に帰っていく。
自宅に帰って早々に、ビャアンの元にパトリックから手紙が届く。皆で撮影した記念写真の葉書には、ぜひ週末をオランダのパトリックの家で過ごさないか、というお招きのメッセージがあった。
デンマークのビャアン家からオランダのパトリック家までは、国境はまたぐものの車で8時間ほどの距離。旅先で一回会っただけの家族の家を訪問するのは若干気まずい思いがしつつも、パトリックたちの気さくな人柄やオランダの田舎でののんびりした週末に魅力を感じたことに加え、せっかく誘ってくれているのそれを無下に断るのも気が引けることから、ビャアンは週末に家族でパトリック家にお邪魔することに決める。
人里離れた山奥のロッジ風の家にパトリックたちは住んでおり、一向はビャアンたちを熱烈歓迎でもてなしてくれる。

だがしかし、その歓迎がどこか居心地が悪い。

まず初っ端、ルイーセがベジタリアンであることは事前に分かっているはずなのに初日にイノシシの塊肉を出される。ルイーセは言葉に詰まりながら遠慮するも、「絶対美味しいから!」とパトリック夫妻は退かない。ビャアンは空気をよんで「一口だけ食べよう」とルイーセを諭して食べさせることに。
またアウネスの寝床についても、アベールの部屋の一角にちょっとだけ設けられたほぼ床同然の場所。少し気になりながらも、夜だけ自室に招けば良い、と夫妻は納得する。
その日の夜、アベールの唸り声が家中に響き渡る。アベールは自閉気味で言語障害がありうまく話せない引っ込み思案の少年だが、よくよく聞くと先天性の無舌症を患っていて話せないことがわかる。唸り声とも泣き声ともつかない声をあげるアベールに対してパトリック夫妻は「いつものことだから」と言って聞かない。

翌日のお昼、高原でゆったり過ごしている一向。しかしアウネスが滑り台をやりたいけどアベールが座り込んでいて出来ない、と訴えると、パトリックはほぼ折檻のような形でアベールを怒鳴り散らかして場所を明けさせる。ドン引きするビャアン夫妻。
さらにディナーの際、ビャアンたちを地元の美味しいレストランに招待したいと申し出るパトリック夫妻。しかし、子どもたちは家に置いていくという。しかも現れたベビーシッターは英語も喋れない上にどこか汚らしい移民の男性でどう見ても怪しさMAX。だがパトリック夫妻は「彼に任せておけば大丈夫」と半ば強引にビャアン夫妻を外に連れ出す。
行ったレストランも超こぢんまりとした地域密着型の寧ろ居酒屋といった風体、書いてある料理名も全くわからず、内容を聞いても「美味しいから食ってみろ」の一点張り。酒が回り始め、席を立ってダンスを踊りだすパトリック夫妻だが、もうどう見ても前戯一歩手前くらいの熱烈なダンスを平然とビャアンたちに見せつける。気まずくなって何となく踊り始めるビャアン夫妻。
帰り道に至ってはベロベロに酔っ払ったパトリックの飲酒運転で帰路に着き、聞きたくもないオランダの音楽を爆音で鳴らされる。ルイーセが少し苦言を呈すとあからさまに機嫌が悪くなったパトリックをみてビャアンは愛想笑いを浮かべながらなだめにかかる始末。
家に帰ってからも違和感はマシマシで、ルイーセがシャワーを浴びている最中、シャワーカーテンがあるとは言え当たり前のように浴室に入ってきて歯を磨き始めるパトリック。
極めつけには、ビャアン夫妻が人の家の借り物のベッドで情事に耽っていた(若干当てつけ気味?)ことで部屋に入れてもらえなかったアウネスが、パトリック夫妻の寝室のベッドの中に招き入れられていた。隣には素っ裸で寝ているパトリックがいるにも関わらずである。

週末だけの辛抱だから、と耐えていたルイーセだが、このことが決め手となり、ビャアンに「この家族おかしい。今すぐ帰ろう。」と迫る。いそいそと帰り支度を済ませて家を抜け出すビャアン一向。
しかしアウネスが大切にしていたウサギのヌイグルミを忘れてきた、と言い出す。新しいのを買ってあげるから、とアウネスをなだめるルイーセだが、気の毒なほど落ち込んでいるアウネスを見かねたビャアンはもう一度パトリック家に引き返してヌイグルミを回収に向かう。
だがビャアンは起きてきたパトリックとカリンと鉢合わせてしまい、こっそり帰ろうとしたことについて問い詰められることになる。
ルイーセはこれまでの嫌だったことを洗い浚いぶちまけ、もう帰る!と言う。しかしパトリック夫妻は「知らず知らずのうちに失礼なことをしてしまって申し訳ない」と謝罪をした後、ビャアン一向に「嫌なら言ってくれればよかった。昨夜アウネスはあなた達の寝室に入れてもらえず泣いていた。あなた達にも多少問題はあるんじゃないのか?」という至極真っ当な意見で反論してくる。
ぐうの音も出なくなってしまったビャアンたちにパトリックは「非礼は詫びる。だがもう一日チャンスをくれ。必ず君たちにとって最高の週末にしてみせる。」と泣きの一日を申し出てくる。気まずくなってそれを了承するビャアン夫妻。

しかしそれが完全なる間違い。この一日を受け入れたことでビャアン一家は最低最悪の地獄に突き落とされることになるのであった。。。


徹頭徹尾嫌な話。
ファニーゲームを思わせるようなガタガタ揺れる車からの風景で始まるこの映画。とにかくすべての演出が不穏。凄まじく気色が悪い。
オチというか話の展開は、アベールが初日ビャアンにあんぐりと口を開けて中を見せた時点で察しがつく。
察しはつくのだが、本当にそのまんま、何の容赦も無くその展開がラストに繰り広げられる。
愛する娘の舌を目の前で切り取られ、パトリック夫妻とグルの怪しいベビーシッターに娘を連れ去られた上、絶望で抵抗する気力を無くした夫婦をスッポンポンにして石打で殺すとは。あまりにも救いがないし、キツすぎる。

この映画の胸糞要素は、まさしくファニーゲームを思わせるようなものである。
この世の何処かで起こっている紛争・人身売買・貧困・トランスジェンダーへの差別や、ホロコーストなどの過去の凄惨な歴史をなぞるストーリーといった類のリアルな胸糞ではない。
物語のリアリティは無いに等しい。
スーベニアや納屋の写真を見たところ、ビャアン一家以外にも2件や3件で効かない、10件以上の被害がありそうなもんなのに。
車もほったらかし、死体もほったらかし、こんな杜撰な犯罪が何回も何十回も出来るわけないし、いくら田舎とは言えバレずにいられるはずがない。
だから多分、本質はそこじゃない。この映画はある種物語の序盤にでてきた、謎のグロテスク絵本のような「寓話」なのだろう。

では何に対する風刺なのか。
ざっくり3点だと思う。

①事なかれ主義で空気を読むばかりの弱者は、最強のテイカーにエンカウントしてしまうと最後にはすべてを奪いつくされる。
②デジタル社会に溺れきった現代人、形だけのベジタリアンや多様性に対する浅い擦り寄りへのアンチテーゼ
③郷に入っては郷に従えの恐ろしさ。相手が目の前で自分にわからん言語で話し始めた時のいいしれぬ不安、転じて言語の壁

特に強いのは①かな。メインは①について言及したい。
デンマークって幸福度高いイメージだったのに、こんな日本人によく言われるような気弱な国民性ってあるのかね。それがびっくり。


ビャアンはとにかく気が弱く、回りが揉めそうになったりチョットでも圧が強かったりすると、なんとかその場を取り繕おうと気弱に笑いながら方方に気を配る。
日常生活であればこれが悪いとは一つも思わない。むしろ日本的な思想でいくと、割と美徳扱いされるようなもんでもあるだろう。しかし、一度も毅然と選択しなかったことにより、ビャアン夫妻は娘どころか命まで奪われてしまう羽目になる。なんたることかね。
実際、物語の中で逃げるチャンスはいくらでもあった。だがビャアンはことごとく選択を誤る。頭おかしい家族だと判断したからこそ逃げたのに、娘がウサちゃんのぬいぐるみ忘れた!て言われて戻るあたりとかもそう。普段なら優しいね、娘さん思いだね、だけど、今は違うだろ!ポイント稼ごうとするとこ間違ってるよ!スタックした車に娘と嫁を残して、そこでなんで洗いざらいパトリック一家の異常性を伝えないのよ!さっきアベールの死体も他の犠牲者の山積みの荷物も見たよね?!それを伝えてないもんだから奥さんが他でもないパトリックに電話で助けを呼んじゃってるじゃん!パトリックが立ちションしてる時も、そりゃうまく行かない可能性大だけど、車奪って逃げるくらいの気概見せろよ!確定で家族が殺されようとしてるんだぞ??どつかれてヒーン😭じゃねえよ!

とはいえ、なんか思い当たるところはめちゃくちゃある。
この映画、とにかくなんというか「人んちの違和感あるある」の極大版みたいな感じがする。
皆経験ないだろうか?
例えば、ちょっと仲良くなった友達の家に遊びに行ったときに、友達のお母さんが作ってくれた手作りのオヤツが出されて「あぁ、干しブドウ苦手なのに。。。」とか思いながらニコニコ取り繕って食べたこととか。
或いは、彼女を実家に招いたときに自分の両親が気合の空回りしたおもてなしをして、明らかに彼女の顔が引きつってるけど親を立てるためにちょっとテンション上げて取り繕ったり。
俺はある。ありすぎるくらいにある。

高校生のときにニュージーランドでショートホームステイをさせてもらった時だ。
最初の食事で川魚の燻製とミックスベジタブルが出された。俺はグリーンピースが大の苦手だったが言い出せず皿いっぱいのミックスベジタブルをニコニコ笑って頬張った。
川魚は鱗が一つも取られておらず口当たりが最悪だったが、相手の気持ちを考えると残すわけにもいかずバリバリ言いながら噛み砕いた。
何故かその家では家族で歯ブラシを共用しており、それを知らずに洗面所に歯ブラシを置いていったが為に俺の歯ブラシをその家のおばあちゃんが使っていた。俺の歯ブラシを加えたおばあちゃんに笑顔で「Good morning」と微笑まれたとき、引きつりながらも「Good morning」と返してしまった。
挙げ句最後は、俺のカバンに入っていた日本円の入った封筒の中身だけが消えていた。持ち物をひっくり返して探したが見つからず、コーディネーターに相談したところ「ホストファミリーは絶対疑ってかかってはダメ」と言われ、何も言えなくなった。結局最終日バスに乗って街をあとにする時、その家の不良次男坊がニヤニヤしながら買ったばかりの金ピカのドックタグをこれみよがしに見せびらかしてきたときに「ああ、俺の三万こいつが盗んだんだ」と知ることになった。

あれ、俺めっちゃビャアンじゃない????

とにかく、とんでもない胸糞作品であった。おすすめはしないが、俺みたいなタイプの人間にはメチャクチャ身につまされる内容。
気弱で回りをキョロキョロ見ていることが多い人には一度見てみてほしい。
必ずしもズケズケと自己主張をすることが正しいとは未だに僕は思っていないが、この話の1000倍薄められたくらいの出来事がいつ自分に降り掛かってもおかしくない。
そんなとき、大切なものを守る選択が出来るかどうか。誤らないかどうか。そんなときはこの映画を思い出して、胸に手を当ててじっくり考えてみようと思う。
Garikuson

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