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はい、泳げません(2022年製作の映画)
3.3
 大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は風変わりな変人で、ひたすら理屈っぽい。行動する前にただひたすら頭で考える。そうすると優秀だからこそ、起こり得る様々なリスクを想定し、自然と足が重くなる。導入部の小鳥遊の描写はまさにドラマ『結婚できない男』の阿部寛そのものだ。大学教授という社会的には非常にお堅い安定した職業に就きながら(おまけに専攻は哲学)、彼の行動は町の人々の思う「普通」とは少しずれている。原作に描かれる主人公の面白さもそこに在り、現実を観察した柔らかなエッセーで、そこはかとなく漂う人間賛歌なのだが、率直に言ってそれだけでは113分もの尺が埋まるとも思えず、あの素っ頓狂な予告編を観てどのように物語を膨らませたのか非常に気になったのだが、う~んこれは率直に言ってどうなのと。石井裕也の『舟を編む』の脚本を手掛けた渡辺謙作が監督・脚本を務めているのだが、前半のコメディ的な演出から急にシリアスに舵を切るあたりは、観客を置き去りにしているような気がしないでもない。演技が達者な長谷川博己のことだから、カナヅチの堅物くんが少しずつ泳ぎを上達していく過程は多少白けるが最低限の面白さは担保する。綾瀬はるかは『おっぱいバレー』の頃から変わらない溌溂とした真っ直ぐなキャラクターで、あまり映画的とは思えない(失礼!)伊佐山ひろ子や卜部房子ら暇を持て余したおばちゃんたちとの丁々発止のやりとりも確かに面白いのだが、喜劇という程には手が込んでおらず、喜劇とシリアスとのバランスがどうも今一つ上手く行っていない。

 主人公の泳ぎも、割と早い段階で様になって行く。その過程が随分呆気ないと思ったら、やがて小鳥遊雄司の仄暗い背景に徐々にピントが合っていく。そもそも水面というのが母体回帰の象徴で、殻に閉じこもる主人公の自我のメタファーなのだ。それにしても42歳というのは流石に歳が行き過ぎているとは思わなくもないが、彼を取り囲む周囲の女性たちが、小鳥遊雄司にとにかく優しい。辛辣な意見をぶちかます伊佐山ひろ子や広岡由里子でさえも各人のレイヤーの違いはあれど、どこか過保護に主人公と接する。その甘ったるさが許容出来るか否かが評価の分かれ道のようにも思える。というか私は途中までてっきり綾瀬はるか演ずるコーチとの間に何か芽生えるのかと思っていたが「そっちかい」と思わずツッコミを入れてしまったのは内緒の話で、実は各シークエンスが繋がっているように見えて割と突拍子もない展開を見せるのだ。中盤以降の描写は、何か濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』のあらすじを伝言ゲームし、10人目でまったく別の何かに様変わりしたような印象だ。こちらに舵を切るのであれば何も達者な長谷川博己でなくて良かったというのが私の印象で、麻生久美子の関西訛りの作りこみも彼女には珍しく不十分に映る。中盤以降、水に入る度にフラッシュ・バックする様子を1度ならずも2度3度までも繰り返す様子には、流石にもういいよとほとほと困り果てた。小鳥遊の病は克服するがその一方で、コーチの病巣はちっとも変化なしという結びも片手落ちではないか。本筋とはまったく別の場面だが、小林薫の登場場面は1シーンだがやはり別格で、奇しくも小林薫とは『冬薔薇』以来のコンビネーションとなった笠松則通のカメラワークが今回もとにかく絶品だ。徐々に内省的になって行く物語の中で、主人公の病巣を描写する姿は決して目立たないが、とにかくそのカメラワークは丁寧で品が良い。
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