Jun潤

神は見返りを求めるのJun潤のレビュー・感想・評価

神は見返りを求める(2022年製作の映画)
4.2
2022.06.25

吉田恵輔監督・脚本×ムロツヨシ×岸井ゆきの。
みんな大好きムロツヨシとファンが大好き吉田恵輔と岸井ゆきのが組むという、どんな作品に仕上がるのか想像もできない個人的怪作期待の一本がついに上映開始。
予告編的にはどことなく『ヒメアノ〜ル』みを感じましたが、はたして感情のジェットコースターに思考は付いていけるのか、必見です。

合コンで知り合った、お人好しで冴えないおっさんの田母神と、底辺YouTuberの優里。
イベント会社で働く傍ら、田母神は再生数や登録者数が伸び悩んでいる優里の手助けをしていくようになる。
2人は楽しく動画作成をしていくが、それでも注目されることはほとんどない。
そんな時、ひょんなことから有名YouTuberと知り合い、優里のチャンネルは再生者数を伸ばしていき、若者向けのセンスを持つデザイナーの村上と手を組むことで成功への道を歩み始める。
徐々に高飛車になっていく優里と、かつての彼女の姿とのギャップから怒りを抑えられなくなっていく田母神。
やがて見返りを求める田母神と、恩を仇で返す優里がYouTube上で泥沼の戦争を勃発。
果たしてその先に待っているものとはー。

いい!これはいい!!
いい具合に噛み合っている吉田恵輔とムロツヨシと岸井ゆきの。
全体的な印象としては「男女逆転『愛がなんだ』」×「短縮版『花束みたいな恋をした』」×リベンジスリラー×新時代エンターテインメント。

まずは『ヒメアノ〜ル』よろしく序盤と中盤以降の雰囲気の付け方、その緩急の差がまぁまた激しい。
だからと言って観る側を置いてけぼりにするようなものではなく、最低限の描写でキャラクターを仕上げ、作中で変化させているのでむしろ一緒に狂っていくような感覚。
おそらく誰もが、博愛の精神を持つ田母神、恩を仇で返す優里、他人の悪口を言いふらす梅川、いわゆる意識高い系の村上のどれかに当てはまると思うので、その没入感は凄まじいものがあります。

そして『空白』ほど社会性が濃厚ではないものの、最近よく見る炎上させ合ういたちごっこ。
上述のキャラクター描写が見事だったことも手伝い、どっちの気持ちになるからこそ観てる側まで泥沼にハマっていくという見事な構成。
後にも話しますがYouTubeやバズりといった、今のエンタメ市場を如実に表す描写でもって、わかりやすくもあり、突き刺さる話でした。

吉田恵輔監督作品となるとそんなにスッキリしないのかなと予想していましたが、実際の終盤は、スッキリすると思いきやしない!スッキリしないと思いきやする!結果どっち!?な感じは、着地点こそグレーゾーンだったものの、『BLUE/ブルー』のように後味を引くスッキリのさせ方をしています。

いやそれにしてもムロツヨシと岸井ゆきのの使い方がこれ以上ないほどに上手い。
元々の演技力も十分ある方々ではありますが、この活かし方は吉田恵輔監督だからこそ。
序盤の見返りを求めずただ純粋に優里のためにと動いていた田母神は神でもなんでもなく、どんな形でもいいから見返りを欲しがる人間で、今まで我慢していたものが噴出したからこそ浮き出る凶暴性には不思議と興奮と共感が。
そして序盤は純粋に自分のやりたいことを悩みながらも理想を叶えるため奮闘し、田母神のこともパートナーとして、自分がピンチの時、1人ではどうにもならない時には頼りにしていたのに、成功を手にしてしまうと豹変し、田母神のことを切り捨てたり恩を仇で返すようになったりする姿には人間の根源的な狂気と不快さが露わに。
この2人の演技の魅せ方にはただただ脱帽。

そして奇しくも『愛がなんだ』では愛情を返してもらうことを求めず片思いの相手に尽くしていた岸井ゆきのは、今作では田母神の見返りを求めない博愛の心を受け入れるだけでなく返そうともしない。
セルフリベンジだったのかもしれませんが監督が違えばちゃんと報いを受けてしまうものなんですね。
そしてやはり昨今の邦画の流行として知り合いたて、付き合いたての一番楽しかった頃を回想するような描写も、時間の経過ではなくキャラクターの変貌でもって描くという巧妙さと差別化。

男女の復讐し合いというのも、一つの普遍的な出来事や事件でも作品として成立させられそうなところを、YouTubeという現代の文明の利器を用いて展開させるのは、今だからこそできる描写を使ったまた新たな表現の仕方だったと思います。
それに場面の仕上がりも撮影画面だったり動画サイトだったりで、若い世代にもちゃんと分かりやすく伝わるような出来になっていたのには好感が持てますね。

そしてYouTubeというのは便利である反面本当に面倒くさい。
個人的にYouTuberについて造詣が深いわけではないので、内面まではあまりわかっていませんが、炎上やセンセーショナルな内容を扱っている点や、BPOなどの縛りもないから自由に企画をアウトプット出来るという点は、裏を返せば結局斬新すぎる企画はあまりハネず、本人達は新しいことをやっているつもりでも、結局は他人をバカにする、貶めることでしか再生数を稼げない、少し前のテレビバラエティの形に落ち着いてしまっているようで、エンタメの限界が見えたようなポイントでなんだかほろ苦いですね、、。
そこについては優里のファンの少女が、ずっと長く語り継がれていく必要があるのか、今この瞬間誰かを楽しませることができればいいのではないかというのは、長い歴史や少なくとも多少の未来があるテレビとは違う、刹那的なコンテンツに対する救いの言葉のように感じました。

最後に本当に個人的な感想になりますが、男の子としては田母神の気持ちが本当によくわかるんですよね。
女性には優しくしたい、そうするのが当然だと漠然と感じてはいるけど、だからといって見返りを何も求めていないわけではない。
言葉の上ではお返しなんていらないと言うけれど、本当は愛が欲しい、お金が欲しい、お礼の言葉などの人情で返して欲しいと、どうしても思ってしまうのです。
カップルが別れ話の時に男側から付き合ってた頃にかけたお金を返せと言うのは語り草ですが、お金じゃなくていいから、愛情も無いなら無いでいいから、お礼の言葉などで人付き合いとして最後まで思いやりや礼儀を持っていて欲しいと、どうしても考えてしまうのです。

恩と仇、損と得。
田母神が優里にしていたことは恩と言えるほど大きいものではないし、優里が田母神にしたことも仇と言えるほど迷惑や不利益を被るものではない。
田母神は優里のためにお金を使ったけど、それはその時の田母神にとっては得なことで、それが時間の経過や感情の変化によって損することになるわけではない。
優里も優里で、田母神によって直接得をしたわけではないから、わざわざ損をする必要もない。
では作中で2人に必要なものはなんだったのか、それはやっぱり、相互理解であり、「ありがとう」と「ごめんね」だったのかな。

逆に今作を女性が観たらどうなるのでしょう。
優里と同じように田母神を気持ち悪く思うのでしょうか、それとも優里のやり方がやはり違うものに見えるのでしょうか。
男性にしても、僕のようになにかしらの見返りを求めない、いわゆる神のような人が観たらどう思うのでしょう。
ぜひ老若男女問わず多くの人に観ていただき、男女間だけでなく個人個人の価値観の差を埋める、もしくは理解が深まる手助けになる作品になって欲しい。
Jun潤

Jun潤