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夜を走るのnetfilmsのレビュー・感想・評価

夜を走る(2021年製作の映画)
3.9
 ガソリンスタンドの洗車機に突っ込まれた車は退屈な動きを繰り返す洗車装置に洗われ、憂鬱な郊外へ繰り出す。まるでミヒャエル・ハネケの『セブンス・コンチネント』のようだ。郊外にある屑鉄工場に勤める男の姿は外回りで忙しい。休む間もなく上司から逐一電話がかかり、達成していないノルマを鬼の様に怒られる。男はその語気の強い言葉の数々を黙って受け止めるしかない。いかにも退屈な男の日常は文字通り終わっている。秋本(足立智充)は40過ぎて実家暮らしの独身で、女を知らない。不器用な性格が災いし、上司から目の敵にされ取引先にも軽侮されながら会社では仕事の出来ない男に甘んじている。嫌味な上司は彼が言い返せないのを良いことに、そのパワハラはどんどんエスカレートする。そんな秋本と陰湿な上司の間に割って入るのは谷口(玉置玲央)だ。結婚して数年の妻子との暮らしに飽き足らず、気ままに楽しみながら要領よく世の中を渡ってきた男である。不器用な男と要領の良い男との対比。この2人の主人公の運命はある夜の出来事をきっかけに、大きく揺らぎ始める。

 短絡的な事件の有り様は別にしても、秋本も谷口も上司も最初から明らかに袋小路に陥っている。搾取されるだけの退屈で空虚な人生。およそここには未来もなければ希望もなく、ましてや絶望もない。打ち込むべき何かも男としての野心も将来への夢もないまま、来る日も来る日も鉄屑に向き合うだけで、いつ自分が鉄屑の様にスクラップにされるのかもわからない。唯一団塊の世代のおっちゃんだけが勃起薬を握りしめたまま楽しそうだが、自分たちの人生はもう先行世代の様に逃げ切ることは出来ない。その絶望的な事実に気付いているのだ。だが秋本はそんな世の中でも気の良い不器用な人間を全うしようとする。ひたすら嗾ける谷口の甘言にも心ここに在らずな秋本だったが、あの日を境に少しずつ堕ちて行く。手を汚しているものの、それでも邪悪になれない秋本をせせら笑うように監督は秋本にまさかの劇薬を投入するのだ。

 迷子になった観客はおよそ、女の携帯の着信に秋本が出た瞬間から路頭に迷う。当然だ。そこから映画は現実とも夢ともつかない異形の世界へと突入する。それまではサスペンス映画の体裁を守っていた物語はここからブレヒトの演劇のような不条理劇が幕を開けるのだ。まさに北野武の『TAKESHIS'』のようで、バイきんぐの西村瑞樹のボケのような終わりなき暴力だ。谷口は秋本の負の声であり、もう一つの人格として悪の道に引きずり込もうと振舞う。だが秋本はどんなに搾取されようとも秋本という退屈な人間で居ようとする。だが新興宗教にハマった男は謎の勃起薬を手に入れるのだ。突然ハイになり、謎のダンスを踊ったかと思えば真夜中に疾走し、フィリピン人のお姉ちゃんを「ここではないどこか」へと誘い出す。挙句の果てには女装して悪の人格だった谷口の手に触れ、彼を失望させる。夜が男を猥雑な世界へと導く入り口となり、秋本は昼も夜もなく狂熱に浮かされる。その反面、暴力的な上司は早朝ゴルフの時間まで眠りこけ、悪夢のような出来事で目覚め、昼間はもぬけの殻になる。抜け殻と着火、正気と狂気、破壊と再生、そして痙攣する流転。タガが外れた男の笑みはもう昔のようには戻れない。
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