ククレ

ロストケアのククレのレビュー・感想・評価

ロストケア(2023年製作の映画)
4.8
傑作。邦画の中ではここ数年でのベストワンになった。とても深く重いテーマなのでスッキリしないし、鑑賞後もモヤモヤを引きずるけど、観ようか迷っている人はぜひ観て欲しい。観た人と語り合いたくなる。

予告編を見た時は、「やまゆり園」や「大口病院」の事件のような「サイコパス犯人による自分勝手な理論を検事が突き崩していくサスペンス」かと思っていたが、全く違った。私は障がい者福祉に20数年も携わっているのだが、自身の倫理観や家族観を揺さぶられる凄まじいストーリーだった…。映画館で嗚咽が漏れるほど泣いたのは久しぶり。
この作品は介護職に対して「しんどいイメージ」を与えてしまう恐れがあるかもしれないけど、あえて大変な面を見せることは必要だと思う。この仕事は面白いことも多いし、結構感謝もされる。本当にやりがいのある「現代社会に絶対に必要な役割」なのだから。それらを明確に示す作品であることは間違いない。

以下はネタバレ…





「ロスト・ケア(喪失の介護)」という言葉に最初は嫌悪感を覚えるが、調べていくにつれ、斯波はサイコパスでも精神異常でもなく、本当に献身的な「ホームヘルパー」であることがわかるから、意味が理解できてくる。
車中から盗聴器で聞いているシーンは本当に胸が苦しい。私も仕事柄、「どうしようもなくしんどい現場」には何度も遭遇してるし、法制度や福祉サービスで解決できないことが多いことは日々痛感している。介護の苦しみから開放された家族が「救われた」と思うことも間違いではないと思っている。仕事でも実際にそう感じたケースもあったから…。

対する検事の大友は法の番人としては「正しい」し、極刑を求めるのは当然のこと。だから、二人が対峙するシーンは秀逸だった。斯波の目が澄んでいて、観客の心まで見透かされてるみたいだった。淡々と紡ぐ言葉がとても深く響く。「家族の絆は呪縛」なんて…重いけど真実…。
それを受けて、感情をあらわにして声を荒げる大友にも共感できる。大友は、母親を高級な有料老人ホームに入所させているから「介護をしていない」という負い目があるんだな。もちろん負い目を感じることはないし、できうる最高の福祉サービスを与えるのは愛情深い介護そのもの。しかし、それは金持ちであることが大前提なんだな…。観ているこちらの感情もぐらぐらに揺さぶられた。

柄本明が演じる父親の演技が素晴らしい。古いアルバムを見たあと「殺してほしい」と訴えるシーンで号泣してしまった。私の父親も認知症だったからいろんなことがオーバーラップしたんだな…。

公園での坂井真紀の言葉がとても印象深かった。「迷惑をかけてもいいから一緒に生きて行きたい」という「気持ち」が、この作品のテーマに対するある一定の答えになっている気がする。

ラストシーンの二人の対峙は、これまでの検察の尋問ではなく、まるで教会の懺悔室。互いに父に対する想いを吐露して、慰め合う。柔らかい癒やしの光が差すような素晴らしいエンディング。

エンドロール、森山直太朗の歌う優しい「さもありなん」を聞きながら、斯波の子どもの頃の写真たちを見て余韻に浸り、涙を乾かしてから映画館を出た。

原作は、大友が男性だったりいろいろと映画とは違うらしいので、早速読んでみようと思う。
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